1714年3月2日ヴァイマル宮廷音楽家兼オルガニストに加えて「楽師長」に就任したバッハの記念すべき就任第一作
『天の王よ、汝を迎えまつらん』
(BWV182)
を聴いてみませんか
前回ご紹介したミュールハウゼン時代の初期の作品との違いは
①歌詞構成の変化によるレチタティーボの出現
②イタリアオペラからの影響を受けたことにより3部形式(ダ•カーポ形式)の出現
③抒情性の豊かさ(厳格、崇高なバッハのイメージを持つ者には快い驚きかもしれません。彼の好んだ詩人からも彼が情感のある歌詞を選んでいた事がわかります)
今回も礒山雅著「バッハ=魂のエヴァンゲリスト」の解説と共に聴いてみたいと思います。
出典@bach
0:00 Sonata
ソナタ
2:13 Himmelskönig, sei willkommen (Chor)
天の王よ、ようこそいらっしゃいました(合唱)
5:31 Siehe, ich komme (Rezitativ)
見よ、わたしは来た(レチタティーヴォ)
6:08 Starkes Lieben (Arie)
力強い愛(アリア)
8:36 Leget euch dem Heiland unter (Arie)
救い主のもとに身を委ねなさい(アリア)
16:10 Jesu, laß durch Wohl und Weh (Arie)
イエスよ、幸いの時にも苦しみの時にも(アリア)
19:25 Jesu, deine Passion (Chor)
イエスよ、あなたの受難は(合唱)
22:31 So lasset uns gehen (Chor)
それでは、われらは行こう(合唱)
———記念すべき就任第一作であるこのカンタータの音楽は、好ましい落着きをみせている。0’00”「ソナタ」と題された、導入の器楽曲を聴いてみよう。ここでは、リコーダーと独奏ヴァイオリンを中心に、付点リズムによる穏やかな音楽がくりひろげられる。それは、ろばに乗ってエルサレムへと向かう、主の柔和な歩みを示すかのようである。2’13”まもなくソプラノが「天の王よ、次を迎えまつらん」と入り、これを他のパートが追いかけるフーガとなって、王を迎える人々の喜びが高まってくる。
この合唱曲は前述のダ・カーポ形式によっているが、中間部で、音楽はとつぜんト長調からホ短調へと沈んでゆく。それは、前掲した歌詞の第三行
(*天の王よ、汝を迎えまつらん、
われらをも君がシオンならしめたまえ!
“入り来たりたまえ、”
君はわれらの心を捕えたもうた。)が、視点の内面への転回を語っているからである。
5’31”レチタティーヴォに続く三つのアリア6’08”は大きな対比をもって書かれ、曲を追うごとに、内面的な深さと情熱を加える。全曲の中心に置かれたアルトのアリア(第五曲)8’36”はこのうちもっとも長大で、深沈としたリコーダーの調べを背景に、聴き手を深い黙想へといざなう。ヴァイマル時代特有の主情性が、強くうかがえるアリアである。16’10”テノールのための最後のアリアに入るとついに「十字架」の想念があらわれ、いくぶんあわただしい切実な音楽が、受難の情景を喚起する。ここまで来てしまった音楽に、どうやって冒頭の明るさが回復されうるだろうか? バッハはここで、コラールを導入する。19’25”「イエスよ、次の受難こそ、わが全き喜び(イエスよ、あなたの受難は)」。このキリスト教特有の難解なパラドックスも、コラール旋律を響かせた精緻な対位法楽曲として表現されると、不思議な説得力を帯びてくる。この緊張をくぐり抜けたあと音楽は明るい終曲22’31”へと入り、喜ばしい行進の基調が、踊るような三拍子のリズムとともに回復されるのである———