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作曲家のお誕生日に代表曲を《280》マスカーニ、トッホ、プリマ、伊藤康英、桑原ゆう

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1-ピエトロ・マスカーニ
Pietro Mascagni It-Pietro Mascagni
1863年12月7日 – 1945年8月2日
イタリアのオペラ作曲家、指揮者。

イタリアのリヴォルノ(トスカーナ州)のパン屋の家に生まれる。父はマスカーニに法律を学ばせたかったが、彼は幼い頃から音楽に強い関心を示し、叔父の支援を得て故郷のリヴォルノ音楽院で本格的な音楽教育を受けた。
弱冠20歳未満で交響曲、オペラ、カンタータなどを作曲し、才能を認められる。その後、後援者の援助でミラノ音楽院に入学し、作曲家アミルカレ・ポンキエッリに師事したが、規律に従うことを嫌い、規則違反を咎められたことに腹を立てて学校を中退した。
音楽院を飛び出した後は、各地を巡業するオペラ団の指揮者として活動し、実地で作曲と音楽の経験を積んだ。この間、チェリニョーラの音楽学校で教師も務めている。
1890年、ローマの楽譜出版社ソンゾーニョ(リコルディ社に対抗)が開催した一幕物オペラ・コンクールに応募し、オペラ『カヴァレリア・ルスティカーナ』で優勝。初演は驚異的な大成功を収め、マスカーニは無名の音楽家からイタリアを代表する作曲家へと一夜にして躍り出た。この作品は、シチリアを舞台にした庶民の愛憎と復讐を描き、ヴェリズモ(写実主義)オペラという新しい潮流の先駆けとなった。この様式は、日常生活や人間の激しい感情を赤裸々に描くことを特徴とし、後の作曲家たちに大きな影響を与えた。3年間で約130箇所もの都市で上演される世界的ヒットとなり、皮肉にもこの最初の成功があまりにも大きすぎたため、以降の作品の多くがその陰に霞んでしまい、「一発屋」と見なされることもあった。オペラ15曲、オペレッタ1曲のほか、美しい管弦楽曲や声楽曲、歌曲、ピアノ曲など多彩な作品を残した。
『カヴァレリア・ルスティカーナ』の翌年に発表された軽快なオペラ『友人フリッツ』や、日本を舞台にしたオペラ『イリス』(プッチーニの『蝶々夫人』より先に日本を題材にした)などがある。
1895年にはペーザロのロッシーニ音楽院院長に就任するなど、音楽教育にも貢献した。また、存命中はオペラ作曲家としてだけでなく、自身の作品を含め、指揮者としても非常に高い評価を得て成功を収めた。
自分の才能に強い誇りを持ち、規律に縛られない自由で大胆な性格の持ち主だった。同世代のライバルであるプッチーニとの比較に長年悩まされたとされる。
晩年は、イタリアのファシスト政権に接近し、ムッソリーニに気に入られようと努め、ファシスト党の賛美歌を作曲するなど、政治的な関与も深かった。
この政治的立場が災いし、第二次世界大戦でイタリアが降伏した後、全財産を没収され、1945年にローマのホテルで孤独に生涯を閉じた。遺体は当初ローマに葬られたが、1951年に故郷リヴォルノに再埋葬され、名誉が回復された。

《歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」》

出典@librettosinenglish4032

《歌劇「友人フリッツ」》

出典@kiccomusicvideo9913

《歌劇「イリス」》

出典@fishercenterbard

 

2-エルンスト・トッホ
Ernst Toch
1887年12月7日 – 1964年10月1日
オーストリアの作曲家。

1887年にウィーンでユダヤ人一家に生まれる。ウィーン大学で哲学を、ハイデルベルク大学で医学を学ぶ。作曲は独学であったが、ウィーン・フィルハーモニー音楽院でシュトッカーとフックスに師事したとの情報もある。
1909年に室内交響曲ヘ長調が初演されモーツァルト賞を受賞。これにより作曲に専念し、翌年にはメンデルスゾーン賞を受賞した。1913年にはマンハイム音楽大学の作曲とピアノの講師に就任した。
第一次世界大戦ではイタリア前線に配属された。終戦後マンハイムに戻り、新しいスタイルの音楽を模索し、ヴァイマル共和政時代にはアヴァンギャルドの作曲家と見なされた。
ユダヤ系であったため、1933年にナチスが政権を掌握すると迫害を逃れてドイツを離れ、ロンドンに移住。その後、ブルーノ・ワルターの招きでアメリカに亡命した。ナチスは彼を「退廃音楽展」でベルクやシュレーカーとともに『文化ボリシェヴィキ』として中傷した。
亡命後は、南カリフォルニア大学などで教鞭をとりながら、ハリウッドで映画音楽の作曲も行った。しかし、かつてドイツで築いた名声を取り戻すことはなかった。
7曲の交響曲、ピアノ協奏曲、チェロ協奏曲などがある。特に1955年に初演された交響曲第3番はピューリッツァー賞を受賞した。また、13曲の弦楽四重奏曲を残している。
彼の作品の中で今日最も頻繁に演奏されるのは、シュプレヒコール(話し言葉による合唱)のための『地理的フーガ』(1930年作曲)である。

出典@GNGianopoulos

この曲は、様々な都市の名前を話し言葉でフーガのように追いかけ合うユニークな作品で、日本からは横浜と長崎の地名が入っている。この分野でトッホはパイオニアの一人である。
ピアノ曲も多く残し、教育的な環境でよく取り組まれている。
第二次世界大戦後もアメリカにとどまり、1964年にサンタモニカで死去。ロサンゼルスのウエストウッド・メモリアルパークに埋葬された。

《小さな町の風景》
Kleinstadtbilder (Echoes From A Small Town), Op. 49

0:00 I. Junges Kätzchen
→ 若い子猫たち

0:27 II. Müde bin ich…
→ つかれてしまった…

1:07 III. Ach hätt ich doch…!
→ ああ、もしも…!

2:30 IV. Auf dem Schulweg
→ 通学路で

3:22 V. Leiermann
→ 物語おじさん(または楽師のおじさん)

3:51 VI. Im Gänsemarsch
→ ガチョウ行進

4:15 VII. Armes Kind
→ かわいそうな子ども

5:35 VIII. Abzählen
→ 数え歌(数を数えること)

6:12 IX. Spaßvogel
→ いたずら好き(おちゃめな人)

6:58 X. Alleingelassen
→ ひとりぼっちにされた

8:45 XI. Hinter der Musik her
→ 音楽の後ろで

9:29 XII. Über den Marktplatz
→ マーケット広場で

10:05 XIII. Dem Herbst entgegen
→ 秋に向かって

10:49 XIV. Gassenhauer
→ 流行歌(人気の通り歌)

出典@BalysSheetMusicVideos

《ピアノ連弾のためのソナタ》

出典@GNGianopoulos
《ピノッキオ−楽しい序曲》

出典@SPscorevideos

3-ルイ・プリマ
Louis Prima
1910年12月7日 – 1978年8月24日
アメリカ合衆国のジャズ・ミュージシャンである。トランペッター、ボーカリスト、作曲家として、主にスウィング期からジャンプ・ブルースの時代に活躍した。

公式サイトhttps://www.louisprima.com/

ルイジアナ州ニューオーリンズにて、イタリア系移民の両親の元に生まれる。
7歳の時にヴァイオリンを学び、13歳の時にトランペットを学び、兄・リーオンのバンドのメンバーになった。
後に自身のバンドを結成し、1934年にはレコーディング・コンボである「ニューオーリンズ・ギャング」を結成した。
1936年からはビッグバンドを率いて活躍。同1936年、自身が作曲した「シング・シング・シング」を発表、ベニー・グッドマンのカバーにより、ジャズのスタンダード・ナンバーとなった。
1978年8月24日、脳腫瘍によりニューオーリンズにて亡くなった。67歳没。
代表曲の「Jump, Jive and Wail」は、ブライアン・セッツァー・オーケストラ、ビッグ・バッド・ヴードゥー・ダディーによってカヴァーされ、また同曲は1998年に放映された、GAPのテレビCMにも用いられてもいる。

《シングシングシング》

出典@tkwojapan

 

4-伊藤 康英
Yasuhide Ito
1960年12月7日 –
日本の作曲家、編曲家、教育者。主に、吹奏楽、室内楽、管弦楽、合唱の分野での活動で知られる。
公式サイト

https://www.itomusic.com/

静岡県浜松市出身。小学生のときからピアノを習い始める。静岡県立浜松北高等学校ではクラブ活動(吹奏楽部)で打楽器と指揮を担当する。1979年、東京藝術大学音楽学部作曲科に入学。作曲を野田暉行、ピアノを岩崎操に師事。大学1年のときに作曲した吹奏楽のための《プログレス》が1979年度笹川賞創作曲コンクール吹奏楽部門3位を受賞。
1980年、静岡県音楽コンクールピアノ部門優勝。
1983年、学内で安宅賞を受賞、同年、東京藝術大学大学院作曲専攻入学。
1986年大学院修了。1994年、洗足学園大学非常勤講師。
現在、株式会社イトーミュージック代表取締役、洗足学園音楽大学教授、東京芸術大学非常勤講師、東京ミュージック&メディアアーツ尚美非常勤講師。創価大学パイオニア吹奏楽団ミュージック・アドバイザー。

《管弦楽のための交響詩「ぐるりよざ」》

出典@wishwindorch

《北海変奏曲》

出典@ItoMusic2013

《津軽三味線協奏曲》

出典@YAS110 (公式チャン
ネル)

《ピース、ピースと鳥たちは歌う》

出典@YAS110(公式チャンネル)

5-桑原ゆう 
Yu Kuwahara
1984年12月7日 ~
日本の作曲家。
東京藝術大学音楽学部作曲科卒業、同大学大学院修士課程修了。
第31回芥川也寸志サントリー作曲賞(旧名:芥川作曲賞)受賞。
英国音楽レビューサイトBachtrackにて「2023年注目の女性作曲家8人」に選出。
2024年、現代曲名門レーベルKAIROS(ウィーン)より初の作品集アルバムをリリースし、国内外の各界で高い評価を得る。
2026年、第6回高松国際ピアノコンクール課題曲委嘱作曲家。

桑原三姉妹よりプロフィール

https://3shimai.com/yu/

洗足学園音楽大学よりプロフィール

https://www.senzoku.ac.jp/music/teacher/yu-kuwabara

《白い風、青い夜》

出典@EnsembleFreeWE

《組曲「セロ弾きのゴーシュ」》

出典@ncmnewchambermusic77

《花のフーガ》
滝廉太郎の花のメロディとシューベルトの鱒が聞こえてきます。

出典@ptna

Author: Sonare Piano Lessons

こんにちは、ソナーレピアノ教室です。ソナーレピアノ教室からのお知らせやホームページ更新情報などの最新情報をお届けしています。メンバーの皆さまには、ソナーレピアノ教室のメンバー専用情報を配信します。お楽しみに~!

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