石桁真礼生
Mareo Ishiketa
1915年11月26日-1996年8月22日
日本の作曲家。和歌山県生まれ。
東京音楽学校(現・東京藝術大学)で下総皖一に師事し、卒業後は福井師範学校で音楽を教えながら作曲活動を続けた。
1943年の第12回音楽コンクールで《小交響曲》が入賞し、1946年からは作曲グループ「新声会」に参加。初期にはドイツ古典派に基づく室内楽作品を中心に発表したが、その後、《箏のための協奏三章》(1951年)
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《箏のための組曲》(1952)
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など邦楽器を用いた先駆的な作品や、十二音技法を取り入れた歌曲《鴉》(1956)
出典@HiroandAkiko
日本初の十二音技法によるオペラとされる《卆塔婆小町》(1957)など、新しい音楽表現の開拓に努めた。また、ピアノ曲では《ピアノ・ソナタ》(1947)や子ども向けの《組曲》
出典@idechan1114
など古典的形式を重視した作品を残している。
1946年より母校で教鞭を執り、1968年に作曲科教授、1974年には音楽学部長を務め、後進の育成と音楽教育に尽力した。著書に『楽式論』や『楽典・理論と実習』(共著)、『聴音と視唱のための総合練習』(共著)があるほか、小学校の音楽教科書の作成にも携わった。
1983年に紫綬褒章、1988年に勲二等瑞宝章を受章し、1990年には第31回毎日芸術賞を受賞。1996年に79歳で逝去した。息子は作曲家の石桁冬樹であり、石桁真礼生の門下生による作曲家グループ「環(たまき)」も知られている。