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作曲家のお誕生日に代表曲を《267》ファリャ、カプレ、ペンデレツキ、松下 功、デ•メイ、山内雅弘

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1-マヌエル・デ・ファリャ・イ・マテウ
Manuel de Falla y Matheu
1876年11月23日 – 1946年11月14日

父はホセ・マリア・ファラ(カディスのマヌエル・マリア・デ・ロス・ドルレス・カステロニア出身)、母はマリア・ヘスス・マテュー。
幼い頃からピアノと作曲の才能を示し、母や地元の音楽家から音楽を学ぶ。1889年にアレハンドロ・オテロにピアノを、エンリケ・ブローカーに和声と対位法を師事。
1899年頃から名前に「de」を使い始め、マヌエル・デ・ファリャという名前で知られる。
1900年、家族と共にマドリードに移り住み、マドリード音楽院でホセ・トラゴにピアノを、近代スペイン音楽復興の立役者であるフェリーペ・ペドレルに作曲を師事。ペドレルから大きな影響を受け、アンダルシア系の音楽、特にフラメンコ(カンテ・ホンド)に興味を持つ。
1902年にサルスエラ(オペラの一種。スペインの叙情的オペラ音楽)『アグネスの愛』を上演。
1905年、オペラ『はかなき人生』

出典@jasaoargonauta

を作曲し、王立アカデミーの歌劇賞を受賞、作曲家として認められた(この作品は1913年にニースで初演)。

1907年から1914年までパリに滞在。
オペラ・コミック座で『はかなき人生』が上演される。
ポール・デュカス、イサーク・アルベニス、モーリス・ラヴェル、クロード・ドビュッシーらと親交を結び、芸術家のサークル「アパッシュ」に参加。この滞在中に印象主義の影響を受ける。
1914年に第一次世界大戦の勃発に伴い帰国。
帰国後のマドリードで、最も有名な作品群を生み出される。
1915年:ピアノと管弦楽のための交響的印象『スペインの庭の夜』(パリ滞在中に着手)

出典@RoddersClassical

1915年:バレエ音楽『恋は魔術師』(「火祭りの踊り」で有名)

出典@ARDKlassik

ルービンシュタインの火祭りの踊り

出典@lucachierici413

1917年:バレエ音楽『三角帽子』(1919年ロンドンで初演)

出典@Euroarts

この時期の作風は、スペイン民族主義と印象主義がバランスよく融合したもの。
1921年から1939年までグラナダに移住し、隠遁生活を送る。
この時期の作品には、イーゴリ・ストラヴィンスキーの新古典主義音楽の影響が認められる。
1923年:室内オペラ『ペドロ親方の人形芝居』

出典@RoddersClassical

1926年:『クラヴサン協奏曲』

出典@RoddersClassical

1935年に「ポール・デュカス追悼」

出典@Octavestorm

を作曲。

1936年にスペイン内戦が始まると、親友フェデリコ・ガルシーア・ロルカの銃殺を機に、祖国を離れることを決意。
1939年、フランコ政権を避けてアルゼンチンへ亡命。
亡命後も大規模なカンタータ『アトランティーダ』の作曲を続けたが、未完成のまま1946年にコルドバで逝去。
彼の遺体は、1947年にスペインへ戻され、国葬の上でカディス大聖堂の地下礼拝堂に埋葬された。

ピティナピアノ曲事典より

https://enc.piano.or.jp/persons/263

《ベティカ幻想曲(アンダルシア幻想曲)》残念ながら献呈されたルービンシュタインの演奏は見つかりませんでした。

出典@lisilisin

 

2-アンドレ・カプレ
André Caplet
1878年11月23日 - 1925年4月22日)は、フランスの作曲家・指揮者。

ヴァイオリニストとしての早期の才能を示した後、1901年にカンタータ《ミュラ》でローマ大賞を受賞。

1910年から1914年まで、ボストン・オペラ・ハウスで指揮者を務める。
第一次世界大戦に従軍中、毒ガスを吸って神経を冒され、このために胸膜炎を併発した。

カプレはクロード・ドビュッシーの親しい友人で、彼の作品のオーケストレーションや編曲において重要な役割を果たす。
オーケストレーションの補筆:ドビュッシーの『聖セバスティアンの殉教』や『おもちゃ箱』において、作曲者のオーケストレーションを大幅に補筆しました。
ピアノ曲の編曲:ドビュッシーの『月の光』、『子供の領分』などのピアノ曲をオーケストラ用に編曲。

カプレ自身の作品は非常に個性的であり、その多くは現在見過ごされがちですが、独自の管弦楽作品においてその手腕を示しています。
ドビュッシーがグレゴリオ聖歌を研究したのと同様に、カプレは中世ポリフォニー音楽を研究し、その影響は成熟期の作品にいちじるしく認められる。
主要な合唱作品:深い感情に満ちた合唱作品《イエスの鏡(Le Miroir de Jésus)》は、対位法の熟練とグレゴリオ聖歌の影響の両方を示している。
歌曲:ロンサールからヴェルレーヌまでの詩人の作品を用いたものがある。

《5重奏曲》

出典https://youtube.com/channel/UClEE-XhT_dtOTJaY2VLEgxA?si=fQkFlwVVBgijMmXN

《ペルシャ組曲》

出典@davidbryant4315

《エドガー・アラン・ポー「赤き死の仮面」によるハープと弦楽四重奏のための幻想曲》

出典@RoddersClassical

《5つのフランスの詩》

出典@bernardtanpianist

《伝説》

出典@RoddersClassical

再生リスト

 

3-クシシュトフ・ペンデレツキ

Krzysztof Penderecki
1933年11月23日-2020年3月29日ポーランドの作曲家、指揮者。

ポーランドのデンビツァ(クラクフ近郊)に生まれ、ポーランド楽派の主要作曲家の一人に数えられ、国際的な名声を確立した。
音楽教育はピアノから始まりましたが、のちにヴァイオリンが主な楽器となった。
1951年にクラクフに移り、フランチシェク・スコウィシェフスキに作曲を学ぶ。
1955年からはクラクフの国立音楽高等学校(現在のクシシュトフ・ペンデレツキ音楽大学)でアルトゥル・マラフスキとスタニスワフ・ヴィエホヴィチに師事し、研鑽を積んだ。
ヤギェウォ大学でも学ぶ。
1959年と1960年のワルシャワ秋の音楽祭で頭角を現す。特に、ポーランド作曲家協会の第2回若手作曲家コンクールでは、匿名で応募した《ストロフィ》(第1位)

出典@DonFranArobe

《放射》(第2位)

出典https://youtube.com/channel/UC_fO-AcHBuD6xFlv_K2Igrg?si=xkWW7xj_BAPli36R

《ダヴィデの詩篇》(第3位)

出典@Laocei

で上位3位を独占するという快挙を達成。この成功により西欧諸国で作品が発表されるようになり、瞬く間にヨーロッパの前衛音楽の担い手となる。
1960年の作品《8分37秒》はパリの国際作曲家会議から表彰を受け、後に《広島の犠牲者への哀歌》
(ショッキングな音から始まるので、小さなお子様には不向きかもしれません)

出典@koenigmoo

と改題され、彼の名を前衛音楽界に広める契機となった。
ペンデレツキの作風は、キャリアを通じて大きな変化を遂げている。
初期:オーケストラを用いたトーンクラスターに大きな特徴があり、実験的な音楽言語を追求。
転換期と新ロマン主義への回帰:創作の頂点とされる《聖ルカ受難曲》(1965年完成)

出典@DonFranArobe

を書き上げた後は、初期の伝統やインスピレーションの源泉への回帰を通じて、新ロマン主義へ傾倒し、作風を古典的なものへ変化。交響曲第2, 3, 4番など。
交響曲4番

出典@symphonious_rex

指揮者としては、主に自作の指揮を手がける傍ら、古典作品も振る優れた指揮者でもあった。ハンブルク北ドイツ放送交響楽団(現NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団)やNHK交響楽団など、世界中の一流オーケストラに数多く客演。
教育者としては、クラクフ音楽大学の学長を務めたほか、ポーランド国内各地の大学、ドイツ(エッセンのフォルクヴァング芸術大学)、アメリカ(ニューヘイブンのイェール大学)でも教鞭を執った。
映画音楽ではヴォイチェフ・イェジー・ハス監督の『サラゴサの写本』一作に音楽を提供し、スタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』やフリードキン監督の『エクソシスト』などで彼の作品の一部が使用されている。
ペンデレツキはほとんど死の間際まで創作活動を続け、2020年にクラクフで亡くなり、COVID-19の世界的な流行のため、葬儀は彼の2周忌にあたる2022年3月29日に国葬としてクラクフ市内の聖ペテロと聖パウロ教会で行われた。遺灰を納めた骨壷は、同教会の地下にある国立パンテオンに安置されている。

《古風な様式による3つの小品》
とても美しいです

出典@SinfoniettaCracovia

《無伴奏ヴィオラのためのカデンツァ》

出典@haesueleeviola

《ラ・フォリア》

出典@AkademiaFilmuiTelewizji

 

4-松下 功
Isao Matsushita
1951年11月23日-2018年9月16日

日本の現代音楽の作曲家。

東京都出身。東京芸術大学、及び同大学院にて作曲を南弘明、黛敏郎に師事。1977年、日本音楽コンクール作曲部門入賞。
1979年、ドイツ政府学術交流会(DAAD)給費留学生としてベルリン芸術大学にて、尹伊桑に師事。
1985年、ドイツ・メンヒェングラートバッハ市国際作曲コンクール1位。1986年、入野賞受賞。
1988年から2003年まで、東京芸術大学音楽学部作曲科非常勤講師、1991年から99年まで尚美学園短期大学音楽学科助教授、1999年から2003年まで尚美学園大学情報芸術学部教授を歴任、また、2003年には「アジア音楽祭2003in東京」実行委員長、1999年から2004年にはアジア作曲家連盟会長を務めた。
東京芸術大学副学長(研究担当)・演奏藝術センター教授、社団法人日本作曲家協議会会長、アンサンブル東風代表などを務めた。 2005年にはガウデアムス音楽賞の審査員に選出された。芸大非常勤時代には、川島素晴、田村文生、大村久美子などを育てている。 2018年9月16日、急性大動脈解離により死去。

公式サイト

https://isao-matsushita.jp/

《天空の祈り~とうとき命に~》

出典@jfc2964

《浅草ジャズ・ラプソディー》

出典@ensemblekochi

《飛天の舞》

出典@MeitowindOrchestra

《2つのヴァイオリンのための協奏曲「祈りの時へ」》

出典@isaomatsushita4509

 

5-ヨハネス・アブラハム(ヨハン)・デ・メイ
Johannes Abraham (Johan) de Meij
1953年11月23日 –

オランダ・フォールブルグ出身の作曲家、指揮者、トロンボーン奏者である。ハーグ王立音楽院にてトロンボーンと吹奏楽指揮法を学び、卒業後はオランダ軍軍楽隊のトランペットおよびトロンボーン奏者、アムステルダム・ウィンド・オーケストラのトロンボーンおよびユーフォニアム奏者、またアムステルダム・トロンボーン・カルテットやダッチ・ブラス・セクステットなどで活動した。

演奏活動と並行して幅広いジャンルの編曲を手がけ、やがて作曲家としての地位を確立する。デ・メイを国際的に知らしめたのは、初の本格的吹奏楽作品である
交響曲第1番《指輪物語》

出典@expilectakunai

(トールキン原作に基づく)で、同作は1989年にサドラー国際吹奏楽作曲賞を受賞した。2001年には同曲の管弦楽版がロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団により初演され、ロンドン交響楽団や北ネーデルラント管弦楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団など、著名オーケストラによっても録音されている。

その後も意欲的に創作を続け、
チェロ協奏曲《カサノヴァ》(チェロとブラスバンドのためのコンチェルト)

出典@dawnwindsky

は1999年コルチャーノ国際作曲コンクール第1位、
《赤い塔》は2000年オマーン国際作曲賞受賞

出典@artmusic.videos

交響曲第3番《惑星地球》は2006年コルチャーノ国際作曲コンクール第2位を獲得するなど、高い評価を得ている。

出典@BlasorchesterStadtmusikLuzern

吹奏楽界における貢献も大きく、2007年にはその功績によりオランダ・ウインド・ミュージック賞を授与された。1990年代以降の日本では、フィリップ・スパークやヤン・ヴァン=デル=ローストと並び、代表的なヨーロッパ吹奏楽作曲家として安定した人気を誇る。

指揮者としても国際的に活躍し、ニューヨーク・ウィンド・シンフォニーおよび九州管楽合奏団の首席客演指揮者、シモン・ボリバル青少年交響吹奏楽団の定期客演指揮者を務めるなど、ヨーロッパ、アジア、北米、南米の主要吹奏楽団を指揮。世界各地でマスタークラスや審査活動を行い、現在も作曲・編曲、演奏、指揮の各分野で幅広い活動を続けている。

 

《エクストリーム・メイクオーヴァー 〜チャイコフスキーの主題による変容〜》

出典@CentralMana

6-山内雅弘
Masahiro Yamauchi
1960年11月23日 ~
日本の作曲家。

東京藝術大学大学院音楽研究科作曲専攻修了。
シルクロード管弦楽作曲コンクール入賞、日本交響楽振興財団作曲賞入選、文化庁舞台芸術創作奨励賞、朝日作曲賞を吹奏楽、合唱曲で同時受賞。第2回東京佼成ウインドオーケストラ作曲コンクール第1位、第21回芥川作曲賞受賞。
作曲を本間雅夫、北村昭、八村義夫、南弘明、松村禎三、黛敏郎の各氏に師事。
現在、東京学芸大学教授。日本作曲家協議会副会長、日本現代音楽協会理事。

公式サイト

https://masahiro-official.jimdofree.com/

Xアカウント

https://x.com/compmy?s=21&t=UWYo368ZbamyMUnjRE_uBg

《螺旋の記憶Ⅲ~オーケストラのための》

出典@compMY-eu3zy

《SPANDA〜ヴィブラフォンとオーケストラのための》

https://youtu.be/YhyW3jodysc?feature=shared

出典@troubadourmarimperc

《吹奏楽のためのシンフォニア》

出典@brainmusicmovie

 

Author: Sonare Piano Lessons

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