ジョン・フィリップ・スーザ
John Philip Sousa
1854年11月6日 ~ 1932年3月6日
アメリカの作曲家、指揮者。『雷神』『ワシントン・ポスト』、『星条旗よ永遠なれ』など100曲を超えるマーチを作曲し、「マーチ王」と呼ばれる。オペレッタや組曲などの作品もある。
ワシントン海兵隊楽団のトロンボーン奏者だったポルトガル系スペイン人の父と、バイエルン出身の母のもと、音楽があふれる環境で育つ。
7歳で音楽の勉強を始め、楽器演奏や声楽に熱中。
1868年13歳の時、サーカス入団を父に阻止され、父の紹介でワシントン海兵隊楽団に見習いとして入団しました
20歳で退団し(1875年)、ワシントンのオーケストラでヴァイオリン奏者・指揮者として巡業し、アーサー・サリヴァンらと親交を結ぶ。
1880年に古巣のワシントン海兵隊楽団の第17代バンドリーダーに就任し、12年間務めました。
1886年の
『剣闘士』
出典@usmarineband
で作曲家として成功を収めました。
この時期に
『ワシントン・ポスト』(1889)
出典@usmarineband
や
『雷神』(1889)
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などの有名な作品を多数作曲しました。特に『ワシントン・ポスト』は国際的な名声を得、「ワルツ王」ヨハン・シュトラウス2世になぞらえて「マーチ王」と呼ばれる。
1892年に海兵隊楽団を辞任し、スーザ吹奏楽団を結成。指揮者、作曲者、管理者など多忙を極めました。
1896年、楽団の管理者の急死を聞き、帰国する船の中で
『星条旗よ永遠なれ』
出典@usmarineband
の旋律が浮かぶ。
毎年全米各地をツアーしたほか、ワールド・ツアー(1910-1911年)やヨーロッパ・ツアーを4回実施。
第一次世界大戦の勃発(1914年)に伴い楽団を解散し、自身も海軍大尉に任官しました。終戦後、少佐で退役し、楽団を再結成。レコーディングやラジオ出演など精力的に活動?
1932年3月6日、ペンシルベニア州レディングでのリハーサル後に急死し、スーザ吹奏楽団も解散となりました。
• 多彩な才能: 音楽以外にも、3篇の小説と自伝(『Marching Along』1928)を執筆。クレー射撃や野球(スーザ吹奏楽団の野球チームでピッチャー)にも熱心で、野球を題材にした行進曲『国技』も作曲しました。
• 没後の栄誉:
1939年:ワシントンD.C.の橋が「ジョン・フィリップ・スーザ橋」と命名。
1974年:海兵隊楽団のホールが「ジョン・フィリップ・スーザ・ホール」と改名。
1976年:偉大な米国人の殿堂入り。
1987年:『星条旗よ永遠なれ』がアメリカ合衆国の国の行進曲に指定。
2005年:海兵隊楽団のホールの外にスーザの銅像が建立。