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作曲家のお誕生日に代表曲を《8》ミーチャ、シンディング、グリエール、デュリュフレ

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1-ヤン・アダム・フランクティシェク・ミーチャ

Jan Adam František de Paula Ritter von Míča

 1746年1月11日 ~ 1811年3月19日

チェコ人の作曲家。作曲家フランティシェク・ヴァーツラフ・ミーチャの甥であり、ヴァイオリンと管弦楽のための《協奏的ノットゥルノ Concertino notturno 》で名高い。

本名はヤン・アダム・フランティシェク・デ・パウラ・リッター・フォン・ミーチャ(Jan Adam František de Paula Ritter von Míča)

音楽家一家の出身。有名な作曲家フランティシェク・ヴァーツラフ・ミーチャ(またはフランティシェク・アントニーン・ミーチャ)の甥。
彼は「プロの音楽家」としてだけでなく、「帝国官吏(官僚)」としての高いキャリアを持っていた。
 ウィーンで法学を学び、オーストリア帝国の有能な官吏として活躍。ポーランド(クラクフ、サンドミェシュ)やウクライナ(リヴィウ)など各地で役職を歴任し、最終的にはリヴィウの行政長官(zemský prezident)にまで登り詰める。
1810年に、その功績から「騎士(Ritter)」の称号を授与されました。官吏としてリヴィウに滞在していた際、ポーランド軍の侵攻により捕らえられ、ルブリンで半年間投獄された経験があります。この時の健康悪化が、のちの引退につながりました。
音楽活動は「アマチュア」としての側面が強かったものの、その才能は非常に高く評価されていました。
 若きヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトと親交があり、モーツァルトはミーチャの才能を高く評価していたと伝えられている。

チェコの音楽史において、彼は「バロックから古典派への橋渡し」をした一族の一員として重要視されています。特に、かつて叔父(F.V.ミーチャ)の作とされていた初期のソナタ形式を持つ交響曲が、実際には彼の手によるもの(あるいは改訂されたもの)であったという事実は、音楽史上の重要な研究トピックとなっている。 

作品一覧

1. 管弦楽曲

• 交響曲(27曲)

• 特に「交響曲 ニ長調」が有名です(一時期、叔父の作品と混同されていました)。

• 協奏曲

• 4つの houslové koncerty(ヴァイオリン協奏曲)

• Concertino Notturno(協奏的ノットゥルノ)

• 変ホ長調(Es-dur)のものが特に著名で、録音もいくつか存在します。

• 舞曲(約50曲)

• 当時のウィーンの社交界向けと思われるダンス音楽。

2. 室内楽曲

• 弦楽四重奏曲(8曲)

• 第2番 ハ長調、第3番 変ホ長調などが知られています。

• フルートと弦楽のための四重奏曲(6曲)

• 🎵オーボエ四重奏曲(ハ長調)

• オーボエ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのための作品。

• 弦楽とホルンのためのノットゥルノ(6曲)

• ハープ・ソナタ(4曲)

• ディヴェルティメント(ホ長調など)

3. 舞台作品・声楽曲

• オペラ / ジングシュピール

• 『ベルナルドン、または女性家庭教師(Bernardon, die Gouvernante)』 (1761年)

• 『アドラストとイジドール、または夜曲(Adrast und Isidore, oder die Nachtmusik)』 (1781年)

• 宗教曲・オラトリオ

• 『ダビデの第50詩篇(Davidův padesátý žalm)』 (1813年出版)

• その他

• 『学生のカッサシオン(Studentská kasace)』(セレナード)


 

 

2-クリスティアン・アウグスト・シンディング

Christian August Sinding

1856年1月11日 – 1941年12月3日


エドヴァルド・グリーグに次いで、北欧ロマン派音楽の発展に大きく貢献した重要な人物と評価されている。
ライプツィヒ音楽院で学び、ヴァイオリニストを目指したが、後に作曲へ転向し。人生の約40年間をドイツで過ごし、ドイツ音楽界と密接な関係を築く。
ノルウェー政府から定期的な奨励金や年金を受け、1924年には名誉としてかつての邸宅「グロッテン」を住居として提供されるなど、国を代表する作曲家として遇された。
アメリカのイーストマン音楽学校で客員教授を務めた時期もあるが、死の直前にナチスのプロパガンダに利用されたことが、戦後の評価に影を落とす一因となる。

ドイツ・ロマン派(特にリスト、ワーグナー、リヒャルト・シュトラウス)の影響を強く受けています。

一時期は『春のささやき』以外の作品が演奏機会を失っていましたが、近年、ロマン派音楽への再評価に伴い、交響曲や室内楽曲などの録音や演奏も再び増えている。

 

作品一覧

1. 管弦楽曲(交響曲・協奏曲)

初期のピアノ協奏曲や、自身の専門であったヴァイオリンのための協奏曲が重要です。

• 交響曲:🎵第1番 ニ短調 Op.21

 

出典@ImmortalClassicalMusic

第2番 ニ長調 Op.83、第3番 ヘ長調 Op.121、第4番「冬と春」 Op.129

• ピアノ協奏曲:変ニ長調 Op.6

• ヴァイオリン協奏曲:第1番 イ長調 Op.45、第2番 ニ長調 Op.60、第3番 イ短調 Op.119

• その他:🎵組曲『古い様式で』 Op.10(ヴァイオリンと管弦楽版)、

https://youtu.be/QqounIuUOeE?si=tIkbR1MlUh9G8LYq伝説 Op.46

出典https://youtube.com/channel/UCO9giUbXwJtbjR5OuGqEVrQ?si=jyoZyv_fvqcpEiG4

2. 室内楽曲

• ピアノ五重奏曲:ホ短調 Op.5

• ピアノ三重奏曲:第1番 ニ長調 Op.23、第2番 イ短調 Op.64a、第3番 ハ長調 Op.87

• ヴァイオリン・ソナタ:第1番 ハ長調 Op.12、第2番 ホ長調 Op.27、第3番 ヘ長調 Op.73

• その他:古い様式のソナタ Op.99、チェロとピアノのための作品、🎵2つのヴァイオリンとピアノのためのセレナード

出典@MusiqueManiac67

など

3. ピアノ独奏曲

小品集が多く、サロン音楽としても親しまれました。

• 春のささやき Op.32-3(『6つの小品』より)

• ピアノ・ソナタ:ロ短調 Op.91

• 15のカプリス Op.44

• 変奏曲:2台のピアノのための変奏曲 Op.2

• 曲集:『5つの練習曲』Op.58、『10の青春の絵』Op.110 など多数

4. 声楽曲・オペラ

ノルウェー語のテキストを用いた歌曲を数多く遺しています。

• 歌劇:『聖なる山』 Op.111

• 歌曲集:『5つの狂人の歌』 Op.22、『アネモネ』 Op.28、『10の歌』 Op.13 など

 

《春のささやき》

出典@naxosjapan

 

3-レインゴリト・グリエール

Reinhold Moritzevich Glière

1875年1月11日 – 1956年6月23日

ロシア帝国(現在のウクライナ・キエフ)に生まれ、ロシア帝国末期からソビエト連邦建国期にかけて音楽界を牽引した重要な作曲家・教育者。ドイツ人の父とポーランド人の母を持ち、かつてはフランス系と誤解されたこともありましたが、実際にはドイツ系のルーツを持つ。

音楽家としての彼は、モスクワ音楽院で教鞭を執り、プロコフィエフやハチャトゥリアンといった次世代の巨匠たちを育てた優れた指導者でもあった。また、ソ連作曲家同盟の議長を務めるなど、ソ連音楽界において政治的にも大きな影響力を持っていた。

作風は、チャイコフスキーに代表されるロシア・ロマン派の伝統と、ロシア国民楽派の民族的な要素を融合させたもの。初期はドイツのロマン派音楽の影響を受けていたが、次第にロシアの英雄伝説を題材にした壮大な標題交響曲や、東洋的な色彩を取り入れたバレエ音楽などを生み出した。

代表作には、ロシアの伝説的な勇者をテーマにした『交響曲第3番「イリヤー・ムーロメツ」』や、有名な「ロシア水兵の踊り」を含むバレエ『赤いけしの花』、そして今なお演奏機会の多い『ホルン協奏曲』や『ハープ協奏曲』などがある。保守的で親しみやすいその作風は、当時のソ連において「社会主義リアリズム」の模範とされ、広く大衆に愛された。

 

作品一覧

歌劇・音楽劇

• 歌劇『シャー・セネム』 Op. 69 (1923-25年)

• 歌劇『レイリとメジヌン』 (1936年)

• 音楽劇『ギュリサーラ』 (1936年)

バレエ音楽

• 『フリジーズ』 Op. 65 (1912年)

• 🎵『赤いけしの花』 Op. 70 (1926-27年) — 「ロシア水兵の踊り」で有名

出典@RoddersClassical

 

•🎵『青銅の騎士』 Op. 89 (1948-49年) — プーシキンの詩をもとに

出典@RoddersClassical

交響曲

• 交響曲第1番 変ホ長調 Op. 8 (1899-1900年)

• 交響曲第2番 ハ短調 Op. 25 (1907年)

• 🎵交響曲第3番 ロ短調『イリヤー・ムーロメツ』 Op. 42 (1911-12年) — 彼の代表作の一つ。

出典@KuhlauDilfeng2


協奏曲

• 🎵ハープ協奏曲 変ホ長調 Op. 74 (1938年)

https://youtu.be/t7Pai-BASak?si=qmDRj-MQQ0wtMKqM

出典@bartjebartmans

• コロラトゥーラ・ソプラノのための協奏曲 Op. 82 (1943年)

• チェロ協奏曲 Op. 87 (1946年)

• 🎵ホルン協奏曲 変ロ長調 Op. 91 (1950年)

出典@ClassicalMusic2002

 

• ヴァイオリン協奏曲 Op. 100 (1956年、未完)

室内楽曲

• 弦楽八重奏曲 ニ長調 Op. 5 (1900年)

• 弦楽四重奏曲(第1番〜第4番)

• 🎵ヴァイオリンとチェロのための8つの小品 Op. 39 (1909年)

出典@bartjebartmans

その他

• 交響詩『シレーヌ』 Op. 33 (1908年)

• ピアノ曲(前奏曲、マズルカなど多数)

• 歌曲(約150曲以上のロマンスなど)

 

 

4-モーリス・デュリュフレ

Maurice Duruflé

1902年1月11日 – 1986年6月16日

20世紀フランスを代表する作曲家であり、卓越したオルガン奏者です。彼の音楽人生は、10歳で入学したルーアン大聖堂の聖歌隊学校から始まった。そこで浴びるように聴いたグレゴリオ聖歌の旋律は、彼の創作の原点となり、生涯にわたってその作品の核を形成することになる。

パリ音楽院ではポール・デュカスやウジェーヌ・ジグーといった巨匠に師事し、作曲や和声、オルガンの各部門で輝かしい成績を収めた。1929年からはパリのサンテティエンヌ=デュ=モン教会のオルガニストに就任し、その職を生涯全う。また、演奏家としても一流であり、プーランクの『オルガン協奏曲』の初演で独奏を務めるなど、フランス・オルガン楽派の正統な継承者として国際的な名声を築いた。

デュリュフレは極端なまでの完璧主義者として知られ、長寿であったにもかかわらず出版された作品はわずか14曲に過ぎません。その代表作である『レクイエム』(1947年)は、中世のグレゴリオ聖歌の旋律と、近代フランスの洗練された和声法が見事に融合した傑作であり、今なお世界中で深く愛されている。

1975年に遭った悲劇的な自動車事故により、晩年は演奏活動からの引退を余儀なくされたが、彼が残した数少ない、しかし極めて純度の高い作品群は、カトリック音楽の伝統と近代芸術が調和した至高の到達点として、音楽史に確固たる地位を占めている。

 

作品一覧

• Op.1:三部作(ピアノ)※紛失

• Op.2:スケルツォ(オルガン)

• Op.3:前奏曲、レチタティーヴォと変奏曲(フルート、ヴィオラ、ピアノ)

• Op.4:「来たれ創り主なる聖霊」による前奏曲、アダージョとコラール変奏曲(オルガン)

• Op.5:組曲(オルガン)

• Op.6:3つの舞曲(管弦楽)

• Op.7:アランの名による前奏曲とフーガ(オルガン)

• Op.8:アンダンテとスケルツォ(管弦楽)

• 🎵Op.9:レクイエム(合唱、独唱、管弦楽/オルガン)

出典@kingschapelchoir

• 🎵Op.10:グレゴリオ聖歌の主題による4つのモテット(無伴奏混声合唱)

出典@chronochromie772

• Op.11:ミサ曲「クム・ユビロ」(男声合唱、管弦楽/オルガン)

• Op.12:ソワッソン大聖堂の時計の鐘の主題によるフーガ(オルガン)

• Op.13:公現祭の入祭唱による前奏曲(オルガン)

• Op.14:我らの父(無伴奏混声合唱)

• (遺作):瞑想曲(オルガン)

 

Author: Sonare Piano Lessons

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