1-ジョヴァンニ・ボッテジーニ
Giovanni Bottesini
1821年12月22日-1889年7月7日
イタリアの作曲家、指揮者、コントラバス奏者。その卓越した技巧から「コントラバスのパガニーニ」の異名をとった。
ヴァイオリンで才能を示したが、ミラノ音楽院入学時に奨学金枠の空きがあったコントラバスを選択。わずか数週間の勉強で入学を許され、卒業後、名器テストーレを購入してソロ活動を開始した。彼の超絶技巧は世界中で評判となり、コントラバスが立派な独奏楽器たり得ることを証明し、チェロと同様のフランス式運弓法を同楽器に初めて適用した。
キャリアを通じて、彼は12曲のオペラを作曲し、特に1847年にハバナで処女作『クリストフォロ・コロンボ』を初演した。また、1855年から1857年にかけてパリのイタリア座の音楽監督を務めるなど、オペラ指揮者としても活躍し、1871年にはヴェルディの名作『アイーダ』のカイロにおける世界初演を指揮した。
作曲家としては、今日でも演奏される数多くのコントラバスのための器楽曲、例えば協奏曲や「テンダのベアトリーチェ」による幻想曲、ヴァイオリンとの協奏的大二重奏曲、そしてコントラバスのための教則本などを残している。1889年1月、ヴェルディの推薦によりパルマ音楽院の院長に就任したが、同年7月に死去しました。
《ヴァイオリンとコントラバスのための協奏的大二重奏曲「グラン・デュオ・コンチェルタンテ」》
出典@AVROTROSKlassiek
《コントラバス協奏曲第2番》
出典@MikyungBass
《グランドアレグロ「アラ・メンデルスゾーン」》
出典@cameratanordica74
《序奏とガヴォット》
出典Michinori Bunya
《カプリッチョ・ディ・ブラヴーラ》
出典Michinori Bunya
2-ジャコモ・アントニオ・ドメニコ・ミケーレ・セコンド・マリア・プッチーニ
Giacomo Antonio Domenico Michele Secondo Maria Puccini
1858年12月22日-1924年11月29日
イタリアの作曲家。その作品である『トスカ』、『蝶々夫人』、『ラ・ボエーム』などのオペラは今日でも上演の機会が多く有名。
18世紀から続くルッカの音楽家の家系に生まれ、わずか5歳で父を亡くしながらもミラノ音楽院で学び、ヴェルディ後の世代において最も重要なイタリア・オペラ作曲家として世界的な名声を確立した。彼は『4声のミサ曲』(『グローリア・ミサ』)で初期の修業に区切りをつけ、後に1884年に舞台化された『妖精ヴィッリ』でリコルディ社主ジュリオ・リコルディの注目を得ることとなる。続く『エドガール』を経て、1893年の『マノン・レスコー』で初めて大成功を収め、これによって台本作家のルイージ・イッリカとジュゼッペ・ジャコーザとの協力関係が始まり、この黄金コンビのもとで、彼の最高傑作の一つでロマンティックな愛と死を描いた『ラ・ボエーム』、露骨な暴力描写や扇情的な音楽が話題となった『トスカ』、そして初演後に手直しされ成功を収めた裏切られた愛の物語『蝶々夫人』という、彼の代表的な三部作が生み出される。その後、交通事故やスキャンダル、協力者の死去といった御難に見舞われつつも、『西部の娘』や『つばめ』を発表し、さらに恐ろしいエピソードの『外套』、感傷的な悲劇の『修道女アンジェリカ』、そして人気の喜劇『ジャンニ・スキッキ』からなる三部作(1幕オペラの連作)を作曲する。ヘビースモーカーであったプッチーニは1924年に喉頭癌により急死し、最後のオペラ『トゥーランドット』は有名なテノールのアリア「誰も寝させぬように」を含みながらも未完成となり、友人のフランコ・アルファーノが補筆して完成され、その亡骸は終生の仕事場兼自宅であったトッレ・デル・ラーゴに再埋葬された。
1. 妖精ヴィッリ (Le Villi)
出典@operadelaspalmasgrancanaria
2. エドガール (Edgar)
出典@josecuratv7870
3. マノン・レスコー (Manon Lescaut)
出典@alteamedia
4. ラ・ボエーム (La Bohème)
出典@operalovers7593
5. トスカ (Tosca)
出典@sadanorikobinata8420
6. 蝶々夫人(お蝶夫人) (Madama Butterfly)
出典@francemusiqueconcerts
7. 西部の娘 (La fanciulla del West)
出典@juanponsofficialpage
8. つばめ (La Rondine)
出典@PeterWTaylor
9. 三部作 (Il Trittico)
• 外套 (Il Tabarro)
• 修道女アンジェリカ (Suor Angelica)
• ジャンニ・スキッキ (Gianni Schicchi)
出典@OperaVision
10. トゥーランドット (Turandot) (未完成)
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3-フランツ・シュミット
Franz Schmidt
1874年12月22日-1939年2月11日後期ロマン派に属するオーストリアの作曲家。
現在のブラチスラヴァ(プレスブルク)に生まれ、ピアノをレシェティツキーに短期間学んだ後、ウィーン音楽アカデミーでロベルト・フックスに作曲を、ヘルメスベルガーにチェロを師事し、短期間ブルックナーに対位法を学んだ作曲家。
初期にはウィーン宮廷歌劇場管弦楽団(ウィーン・フィル)のチェリストとしてマーラーの指揮下で演奏し、後にウィーン音楽アカデミーの理事や院長も務めたが、その作風は後期ロマン派の影響を感じさせつつも和声やオーケストレーションに個性的な独創性を持つ保守的なモダニズムと評されている。
彼の主要な作品には、初演をマーラーに拒否されながらも成功し、間奏曲が有名なオペラ『ノートルダム』
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間奏曲
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黙示録に基づくオラトリオ『七つの封印の書』
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4つの交響曲のほか
出典@RobertoPintos
出典@KuhlauDilfeng2
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右腕を失ったピアニスト、パウル・ヴィトゲンシュタインのために書かれたピアノ左手のための作品群、そしてマックス・レーガーと共通点があるとされるオルガン作品群があり、死後、誤解されたナチズム協力の非難により評価が低迷した時期があるが、彼の業績は再評価されている。