1-ズデニェク・フィビフ
Zdeněk Fibich
1850年12月21日-1900年10月15日
チェコの作曲家。
ボヘミア地方フシェボジツェ村に生まれた。森林管理官の父とウィーン出身の母のもとで育ち、母からピアノを学んだことが音楽への第一歩となった。プラハのチェコ・ギムナジウムで作曲を始め、1864年にはスメタナの推薦で聖イグナツ教会のオルガニストに就任。1865年には自作交響曲を初演し、ライプツィヒ音楽院でモシェレスやリヒターらに学んだ。
その後パリでピアノ教師をしながら美術も学び、1870年にチェコへ戻る。1873年にルージェナ・ハヌショヴァーと結婚しヴィリニュスで働くが、1874年に双子の死、姉の死、そして妻の死という不幸が続いた。1875年には亡妻の願いを受けて姉ベッティと再婚し、仮劇場の音楽副監督兼合唱監督に就任する。1878年、スメタナ退任後の劇場内情から職を辞し、正教会の合唱指導者として1881年まで勤めた。
1890年代には母と姉を失い、この頃から弟子アネシュカ・シュルゾヴァーとの関係が始まったとされる。1897年には妻子と別居し、プシュトロス通りに移り住んだ。1900年、風邪をこじらせ49歳で死去し、翌年妻ベッティも亡くなった。二人は現在、ヴィシェフラト墓地に共に埋葬されている。
スメタナ、ドヴォルザークと共に、チェコ国民楽派の草創期を築いた作曲家。 チェコ民族独立の気運が胎動する時代にあって、スメタナやドヴォジャーク同様、チェコ民謡や民族舞曲のリズムを自作に取り入れた他、チェコ民族の伝説によるオペラを作曲するなど、その作品は民族的な素材によるものが少なくない。
《管弦楽のための牧歌「黄昏」》
出典@RoddersClassical
《祝典序曲「コメンスキー」》
出典@RoddersClassical
《ピアノ五重奏曲》
出典@fromsuntosun24
《ピアノ四重奏曲》
出典@invertedninthchord
2-コチャール・ミクローシュ
Kocsár Miklós
1933年 12月 21日–2019年 8月 29日
ハンガリーの現代音楽作曲家で、特に合唱音楽・声楽作品でよく知られる。
コチャールはハンガリーで育ち、リスト・フェレンツ音楽院(Budapest’s Liszt Academy) で作曲を学んだ。
卒業後は合唱作品やオーケストラ作品、室内楽など幅広いジャンルで活動し、ハンガリーの放送局や音楽教育機関で指導的な役割も果たしていた。
コチャールは特に合唱音楽・声楽作品で国際的に評価が高く、世界中の合唱団に演奏されている。
子ども合唱曲、女声・混声の合唱曲、宗教曲まで多岐にわたる作品群があり、ハンガリー語の詩やラテン語テキストを用いたものも多くある。
多くの作品はア・カペラ合唱で歌われ、宗教的なテーマや季節の歌など合唱レパートリーとして人気。
コチャールはエルケル賞/コスチュート賞/バルトーク‐パーストリ賞/コシュート賞など、ハンガリーの主要な音楽賞を受賞しており、国の芸術アカデミーの会員でもあった。
《ミサ曲3番》
出典@cappellacivicatrieste7849