1-エミール・ワルトトイフェル
Émile Waldteufel
1837年12月9日-1915年2月12日
フランスの作曲家。
ワルツ『スケートをする人々』『女学生』やポルカなどのダンス音楽の作曲家として知られる。
アルザスのストラスブールに、ユダヤ系の音楽家の家系(父は著名なオーケストラ統率者ルイ・レヴィ)として生まれた。
兄のパリ音楽院入学を機に一家でパリに移住し、彼自身も1853年からパリ音楽院でピアノを学んだ。
28歳でナポレオン3世の皇后ウジェニーの宮廷ピアニストとなり、帝政崩壊後も大統領主宰の舞踏会で指揮を続けたが、当初はフランス上流社会の一部に知られる程度だった。
1874年、当時の英国皇太子エドワード7世が彼のワルツ『マノロ』に魅了されたことを転機に、イギリスで人気が爆発。ロンドンの出版社との契約やヴィクトリア女王への御前演奏を経て、一躍世界的な名声を得て、「フランス版ヨハン・シュトラウス」としての地位を確立した。
彼は約300曲のダンス曲を作曲し、特に1882年作曲のワルツ『スケーターズ・ワルツ』が有名。
出典@dansemacabre8684
1899年に引退するまでダンス音楽の作曲と指揮を続けた。
2-ホアキン・トゥリーナ・ペレス
Joaquín Turina Pérez
1882年12月9日-1949年1月14日
スペインの作曲家、音楽教師。
スペインのセビーリャに生まれ、アンダルシアの伝統音楽に深く影響を受けた作曲家。
1905年から1914年までパリのスコラ・カントルムに留学し、ダンディらに師事。パリではアルベニスと出会い、「スペイン民族主義」に基づいた創作を志すようになった。
1914年の帰国後は、作曲家、教師、指揮者として活動し、マドリード王立音楽院の作曲科教授を務めた。彼は当時のスペイン作曲家には珍しく、ほぼすべての音楽ジャンル(管弦楽、室内楽、ピアノ、ギター、声楽など)で豊穣な創作活動を展開した。
彼は1949年にマドリードで亡くなる。彼の作品は、現在、国際的に再評価されている。
《闘牛士の祈り La oración del torero 作品34》
出典@fromsuntosun24
《交響詩「幻想舞曲集」》
出典@RoddersClassical
《ギターのためのソナタ Op.61》
出典@DrewHendersonGuitar
3-アメデオ・アマディ
Amedeo Amadei
1886年12月9日-1935年6月16日
イタリアの作曲家。マンドリン合奏曲、ピアノ曲、管弦楽曲などの作品を残す。
イタリアのロレートにて祖父ピエトロ(1809-1877 )、父ロベルト(1840-1913)と続く音楽家の3代目として生まれた作曲家、管弦楽指揮者である。
1869年3歳の時にロレートの合唱へ父に同行し、ジョバンニ・ボスコ( Don Giovanni Bosco )によって最も将来性のあるミュージシャンと言われる。
既に4歳で最初の作曲をしているが、この時の作品 小さな行進曲 には「7歳のアマデイによる」と書かれている。
ボローニアのアカデミア・フィラルモニカを20歳で卒業後、合唱指揮、オルガニストなどで活躍。また第73連隊軍楽長、第50連隊軍楽長等を歴任した。ベルガモの第73歩兵連隊では長年指揮者を務め、ベルガモの市民や音楽の同僚たちと深い絆を持った。
作曲家のP.マスカーニには毎年夏に会いに行くなど親密な関係にあった。
1901年にボローニアで創刊されたVita Mandolinistica(画像)の主幹を1907年から2年間務めた。
作曲は多彩で管弦楽曲、吹奏楽曲、合唱曲、歌曲、オペレッタ、ピアノ曲、室内楽曲、マンドリン合奏曲など500曲以上にのぼる。(画像は尾崎譜庫参照)
マンドリン曲では1906年ミラノのイル・プレットロ主催の作曲コンクールに「プレクトラム讃歌 Plectrum Op.114)が受賞。1909年、同誌主催の第二回作曲コンクールでは応募された81曲中 海の組曲( Suite Marinaresca Op.290 )が一位に入賞し、マルゲリータ皇太后から大金牌を授与された。
出典@masatakahori-mandolinchann4902
その他40以上の作曲コンクールに入賞している。マンドリン曲の編成は第一第二マンドリン、ギターのトリオまたはマンドラを加えた4部編成が大部分であり、90曲以上が知られている。なお、多くの曲が中野二郎により低音部を追加編曲されている。ミヌエットやガボッタなどの舞曲、クリスマスに関する曲が多い。
1910年春にはベルガモの合奏団エステュディアンティナ・ベルガマスカの名誉会長に推薦されている。また永年音楽に貢献した功績によりカヴァリエーレ(イタリア連帯の星騎士勲位)の称号を得、1925年春には聖マウリツィオ・ラザロ勲章( Ordine dei Santi Maurizio e Lazzaro :画像)を受けている。
《英雄行進曲イタリア》
出典@RRiuichi
4-ロルフ・ルディン
Rolf Rudin
1961年12月9日 –
ドイツの作曲家、指揮者。
フランクフルトに生まれ、フランクフルト音楽大学とヴュルツブルク音楽大学で音楽教育、作曲、指揮、音楽理論を学んだ。フランクフルト音楽大学ではハンス・ウルリヒ・エンゲルマン(de:Hans Ulrich Engelmann)、ヴュルツブルク音楽大学ではベルトルト・フンメル(de:Bertold Hummel)に師事している。1991年に作曲、1992年に指揮のディプロマを取得した。
さまざまな作曲賞を受賞しており、ドイツ国民学習財団(de:Studienstiftung des deutschen Volkes)やバイエルン州文化省の奨学金を得てパリ国際芸術都市(Citè Internationale des Arts, Paris)にも留学している。
1993年から2001年の間フランクフルト音楽大学で教え、現在はフランクフルト郊外のエルレンジーに住んでフリーの作曲家として活動中。
作品は室内楽、合唱曲、管弦楽曲と幅広く、またいくつかの作曲賞も受賞。
《詩のない歌》
出典@philyouthwinds
《アーメン》
出典@flowryan4506