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作曲家のお誕生日に代表曲を《217》メルカダンテ、タファネル、プーランジェ

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1-ジョゼッペ・サヴェリオ・メルカダンテ
Giuseppe Saverio Raffaele Mercadante
1795年9月16日- 1870年12月17日イタリア人の作曲家。オペラ作曲家として大量の作品を発表したほか、器楽作品も多い。ロッシーニ・ベッリーニ・ドニゼッティらに代表される19世紀前期のオペラとヴェルディに代表される後期のオペラを結ぶ移行期の作曲家であり、イタリア・オペラの重要な改革者と考えられている。

メルカダンテは貴族のジュゼッペ・オラツィオ・メルカダンテの私生児として生まれ、正確な生年月日や生地はわかっていないが、1795年9月17日にアルタムーラで受洗した記録と、1797年6月26日にナポリで受洗した記録が候補にあがる。

1808年にナポリのサン・セバスティアーノ音楽院に入学。
1813年以降作曲を学ぶ。
1817年に音楽院の管弦楽指揮者となり、協奏交響曲や多くの協奏曲を書いた。
『エリーザとクラウディオ』によってミラノ・スカラ座でデビューして成功。その後イタリア各地でオペラを上演した。

1823年にロッシーニがフランスに移ると、インプレサリオのドメニコ・バルバイアはメルカダンテをロッシーニの後継者としてサン・カルロ劇場の常任作曲家に任命した。翌年バルバイアは契約を破棄し、かわりにウィーンのケルントナートーア劇場のために作曲するように依頼した。しかしメルカダンテの作品はウィーンでは成功しなかった。
1826年、フェニーチェ劇場で上演された『スペインの女王カリテア(英語版)』(Caritea, regina di Spagna)が大成功し、この作品の曲「祖国のために死する者」(Chi per la patria muor) https://youtu.be/3FFcE84bWtE?si=2BEvYmRN0U3NMtzI出典https://youtube.com/channel/UCEV0G77ytx48a3BGgO9yNng?si=u78xGPSPqFQ3qPVx
はイタリア統一運動を象徴する曲として1831年のボローニャ蜂起や1844年のバンディエラ兄弟(英語版)によって歌われた。
1832年にジェノヴァの歌劇場と契約を結んだ。
またノヴァーラの教会の合唱団長の職を得て、1840年まで教会音楽を作曲。
1835年、パリのイタリア劇場でシラーにもとづく『群盗』(I brigandi) https://youtu.be/C2EAl18Wb4s?si=ZpS4pBAcFCyS99ex(序曲のみ)https://youtube.com/channel/UCBd4B_ADLN7t9rd2PAyGX5Q?si=ZLu6qPKUwE_5F-Pd
を上演したが成功しなかったが、パリで新しい芸術の影響を受け、とくにマイアベーアのグランド・オペラの知識を得た。
新しい作風による最初の作品は1837年にミラノ・スカラ座で上演された『誓い』(Il giuramento) https://youtu.be/yioYIbR6e8I?si=YB-ibXE5bal0tOg-出典@ClassicMusicCafe
1840年にナポリに戻って没するまでナポリ音楽院長の職にあった。1862年には失明したが、口述筆記で作曲を続けた。1870年にナポリで没した。
ヴェルディがその地位を確立するとメルカダンテのオペラは時代遅れになる。

《クラリネット協奏曲》
https://youtu.be/sdy87fyPEW4?si=mqJlykutSuBMojfG
出典@KuhlauDilfeng2

《フルート協奏曲》
https://youtu.be/BOCJXCfx5y0?si=hJDYvHqtQvjdpZSF
出典@HarpsichordM

2-ポール・タファネル
Paul Taffanel
1844年9月16日-1908年11月21
フランスのフルーティスト。

パリ音楽院でルイ・ドリュの指導のもとに学び、1860年に卒業。16歳で演奏コンクールで優勝し、以来30年にわたってソリストとして活躍した。作曲家としては音楽で国民性を表現しようとした世代(国民楽派)に属している。今日までフルートの最も有名な教本として世界中で使われている『17のメカニズム日課大練習』を残した。

詳しくは、ヤマハ音遊人より
https://jp.yamaha.com/sp/myujin/18432.html

《木管五重奏曲》
https://youtu.be/8HNfN52hi8I?si=rntJqO9wz8vMNtHh
出典@conoroquintet8402

《ミニヨンの主題によるグランドファンタジー》
https://youtu.be/k4e3VS9Qtjc?si=UzivyHE98oDXvgN-
出典@bouriakov

 

 

3-ナディア・ブーランジェ
Nadia Boulanger
1887年9月16日 –1979年10月22日
フランスの作曲家・指揮者・ピアニスト・教育者(大学教授)。最高水準にある音楽教師の一人として知られ、20世紀の最も重要な作曲家や演奏家の数々を世に送り出した。生涯を通じてフランスおよび外国で数多くの演奏会、講演を行い、世界各国から集まった生徒たちに始終プライベートで教え続けた。

実家は代々音楽家の家庭であり、父方の祖母は声楽家、祖父は1797年にパリ音楽院在学中に15歳で首席として授賞したことのあるチェリストだった。父エルネスト・ブーランジェ(1815年 – 1900年)は、パリ音楽院でシャルル=ヴァランタン・アルカンらに師事した後、1835年にローマ大賞を受賞したオペラ作曲家であった。
1897年、10歳でパリ音楽院に入学。オルガンをアレクサンドル・ギルマンとルイ・ヴィエルヌに、作曲法をシャルル=マリー・ヴィドールとガブリエル・フォーレに、伴奏法をポール・ヴィダルに師事。

ナディアがローマ大賞で準優勝した時、パリ音楽院に入学してから10年の月日が流れていた。妹のリリは入学からわずか1年ほどで、地滑り的大勝でローマ大賞を制す。父エルネストが1900年に没。そしてリリが1918年に急逝すると、ナディアは作曲の筆を折った。

ブーランジェの作品は、クロード・ドビュッシーに大きく影響されており、しばしば非常に半音階的ではあるものの、常に調性に依拠しており、無調には手を付けていない。但し、1938年に《ダンバートン・オークス協奏曲》の初演を行うなど、後にはイーゴリ・ストラヴィンスキーの熱狂的支持者となった。

1912年に指揮者としてデビューを果たした。主要な交響楽団を指揮し、女性指揮者の先駆けである。ニューヨーク交響楽団やボストン交響楽団、ハレ管弦楽団、BBC交響楽団などを指揮。ソリストとしても活動し、1925年にアメリカ合衆国に演奏旅行した際には、門人アーロン・コープランドに委嘱した《オルガンと管弦楽のための交響曲》の初演でオルガンを弾いている。
1907年にパリ女子音楽院(Conservatoire Femina-Musica)において教育活動に入り、その後1920年より、アルフレッド・コルトーのエコール・ノルマル音楽学校の初代教員に名を連ね、さまざまな教科で教鞭を執った。1921年には、フォンテーヌブロー・アメリカ音楽院で和声法の教授に就任。新世代のアメリカ人作曲家たちに歓迎された。ブーランジェはジャズやストラヴィンスキーなど新しい音楽にも態度を開き、学生一人一人が自ら才能を発揮できるように仕向けたので、多くの生徒が彼女の門をたたくようになった。教師としての業績はまさに圧巻。フィリップ・グラス、バーンスタイン、ピアソラ、リパッティにバレンボイムらのほか、アメリカンポップスのレジェンド、クインシー・ジョーンズや、フランス音楽界の超大物ミシェル・ルグラン、そしてジャズピアニストのキース・ジャレットらが彼女のもとから巣立つ。
第二次世界大戦中はアメリカに過ごして、ウェルズリー大学、ラドクリフ大学、ジュリアード音楽院の教壇に立っている。
1946年からパリ音楽院のピアノ伴奏科で教授を務め、1957年にアンリエット・ピュイグ=ロジェに引き継いだ。最晩年には視力や聴覚の衰えを来すようになったものの、1979年に亡くなるまでほとんど働きづめの晩年を送った。
1979年、パリで92歳で逝去。歿後はモンマルトル墓地に葬られ、妹リリと同じ墓に葬られている。
《ピアノと管弦楽のための変奏曲風幻想曲》
https://youtu.be/IfNfY9S3ybw?si=Xpuw2qGbSZ76kzWi
出典
《エレジー》
https://youtu.be/EMn6FHY8uYk?si=gVa0ZAEHOQOtgYQ9
出典@thenameisgsarci

《ヴェルサイユ》
https://youtu.be/jYiuNv9e6dU?si=vRWFyEq0q7XKd1Is
出典@dmitrynechaev5225

《3つの作品》
https://youtu.be/YfcUkVbyy9M?si=FOgD11lBO9izUlro
出典@zminku

Author: Sonare Piano Lessons

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