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作曲家のお誕生日に代表曲を《288》成田為三、フェレンツ

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1-成田 為三
Takezo Narita
1893年12月15日-1945年10月29日
秋田県出身の日本の作曲家 、教育者。

秋田県北秋田郡米内沢町(現在の北秋田市米内沢)で、役場職員の息子として生まれ、1945年(昭和20年)に51歳で亡くなった、大正・昭和初期の日本の作曲家。

少年時代から、父が買い与えたバイオリンを熱心に演奏し、秋田県師範学校時代にはピアノに熱中。
1909年(明治42年)に鷹巣準教員準備場を卒業し、秋田県師範学校に入学、1913年(大正2年)に同校を卒業しました。卒業後の一年間は、鹿角郡毛馬内小学校で教鞭をとる。
1914年(大正3年)、音楽家になる夢を抱いて上京し、上野の東京音楽学校(現在の東京藝術大学)に入学。在学中には、ドイツから帰国したばかりの気鋭の作曲家・山田耕筰に住み込み書生として師事し、個人的に作曲を師事。
代表作の誕生と童謡運動への貢献
東京音楽学校在学中の1916年(大正5年)頃、林古渓の詩「浜べ」をもとに作曲した歌曲「はまべ(浜辺の歌)」がデビュー作となり、彼の代表作となる。
この曲は1918年(大正7年)に竹久夢二の装丁で『浜辺の歌』と改題して出版され、その後教科書にも採用され、現在も歌い継がれる日本を代表する叙情歌となった。
1917年(大正6年)に東京音楽学校を卒業後、佐賀県師範学校の義務教生を経て、東京市の赤坂小学校の訓導となり、作曲活動を続けた。
同時期に、童話雑誌『赤い鳥』の主宰者である鈴木三重吉と交流が始まり、同誌の専属作曲家として多くの童謡を発表した。特に、同誌に日本で初めて楽譜付きで掲載された童謡「かなりや」(後に『歌を忘れたカナリヤ』と改題)は、日本の童謡の第1号とされ、大正童謡運動の契機となった記念すべき曲と評価されている。

1922年(大正11年)、28歳でドイツのベルリンに留学し、4年間にわたり作曲に明け暮れる日々を過ごす。留学中は、ドイツ作曲界の元老と言われるロベルト・カーンに和声学、対位法、作曲法を師事したほか、カール・ハインリヒ・バルトにピアノを、また指揮法も習得し、本格的な西洋音楽の作曲理論を学んだ。
1926年(大正15年)に帰国後、身に付けた対位法の技術をもとにした『和声学』や『対位法』といった音楽理論書を数多く刊行し、好評を博した。
また、当時の日本にはなかった初等音楽教育における輪唱の普及を提唱し、輪唱曲集なども発行したことから「唱歌の父」とも称される。
1928年(昭和3年)には川村女学院(現在の川村学園)と東洋音楽学校(現在の東京音楽大学)の講師を兼任し、1942年(昭和17年)には東京高等音楽学院(現在の国立音楽大学)の教授に就任した。

1945年(昭和20年)4月13日の空襲で東京・滝野川の自宅が罹災し、故郷の米内沢の実兄宅に疎開。半年間の疎開生活を送った後の同年10月27日、玉川学園の教員として迎えられ再び上京したが、その2日後の10月29日、脳溢血により死去。51歳。
葬儀は玉川学園の講堂で行われ、東京高等音楽学院と玉川学園の生徒によって「浜辺の歌」が捧げられた。
遺骨は故郷の竜淵寺に納骨されています。彼の功績を伝える施設として、故郷の米内沢には「浜辺の歌音楽館」が建てられている。多数のピアノ曲や管弦楽曲も作曲したが、その多くは空襲で失われている。

 

2-ファルカシュ・フェレンツ
Farkas Ferenc
1905年12月15日-2000年10月10日
ナジカニジャ(Nagykanizsa)で生まれ、2000年に逝去したハンガリーを代表する20世紀の作曲家。
まずブダペストでピアニストとして学ぶ。
1922年から1927年にかけてブダペスト音楽アカデミーでヴェイネル・レオとシクローシュ・アルベルトに作曲を師事。
その後、1929年から1931年にかけてイタリアのローマに留学し、オットリーノ・レスピーギに師事。
帰国するまで、ウィーンとコペンハーゲンで映画音楽作曲家として活動したが、1936年に教師兼指揮者として故国ハンガリーに戻る。
1941年から1944年までコロジュヴァール(Kolozsvár)の音楽院で教授を務めた。
1949年、ブダペストのリスト音楽院(ブダペスト音楽アカデミー)の教授として迎えられ、1975年までその職にあった。彼は1946年から1965年には作曲科主任教授も務めている。
彼の弟子の中には、後のハンガリー現代音楽を牽引するクルターグ・ジェルジュやジェルジ・リゲティといった著名な作曲家が含まれている。

多作家であり、その作品は700曲を超える膨大な数に上る。オペラ、バレエ曲、管弦楽曲、協奏曲、室内楽曲、ミサ曲、合唱曲、歌曲など、ほぼあらゆる音楽ジャンルに貢献しており、約70本の映画音楽と40本以上の戯曲の音楽も手がけている。
彼の作曲スタイルは、基本的にはメロディアスで伝統的なものですが、ハンガリーの民族音楽や5音音階(ジプシー音階)を取り入れ、また時折十二音技法(無調性の作曲法)も巧みにクラシックの伝統的作曲法の中に取り入れた独特のサウンドを持っている。特に管楽器アンサンブルのための作品も多く残しており、彼の「17世紀のハンガリー古典舞曲集」はアンサンブルコンテストなどでも取り上げられることがある。

出典@AndewMole
2005年には「ファルカス生誕100年祭」が開催された。

Author: Sonare Piano Lessons

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