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作曲家のお誕生日に代表曲を《226》オトテール、柴田 南雄

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1-ジャック=マルタン・オトテール
Jacques-Martin Hotteterre
1674年9月29日 – 1763年7月16日
フランス盛期バロック音楽の作曲家・フルート奏者。

パリの管楽器職人の家庭に生まれ、パリに没した生粋のパリジャンである。ローマ留学をしたことから、オトテール・ル・ロマン(Hotteterre Le Romain)という愛称でも知られている。

オトテールは、マルタン・オトテール(1712年死去)とマリー・クレスピーの息子としてパリで生まれた。
1705年に宮廷楽団「グランデキュリー」(Grande Écurie)の一員となった。

オトテールはフルート演奏の能力で名声を得ており、オトテールが作曲したたくさんの楽曲は、フルートのレパートリーを押し広げた。また、ファゴットやミュゼットの演奏も得意とした。
彼は、フラウト・トラヴェルソの設計に数々の変更を付け加えた。最も重要なのは、フルートを3つの部分に分け、頭部(マウスピース付き)、胴体(ほとんどの音孔つき)、脚部(いくつかの音孔あり)としたことである。このような分割が現代式フルートにも受け継がれている。
また、バロック・オーボエの改造にも寄与し、ジャン=バティスト・リュリやヘンリー・パーセルの管絃楽曲でオーボエが活用されるきっかけを作った。

《フルートと通奏低音のための組曲》
https://youtu.be/vSLm5l3TrJ0?si=bU6ebKm4cJeLoaMv
出典@Reciclassicat

組曲ト短調op.5
https://youtu.be/bAmssoSg6QQ?si=vB9dkPHbeIk5tZZp
出典@RobertoPintos

2-柴田 南雄
Minao Shibata
1916年9月29日 – 1996年2月2日
日本の作曲家
公式ホームページ
http://sangakusha.obunko.com/

東京都千代田区神田駿河台生まれ。
1933年、成城高等学校高等科理科甲類(英語クラス)に進んだ頃から、ピアノを岩井貞麿、ジェームス・ダンに、チェロを鈴木二三雄に、作曲を細川碧、諸井三郎に、指揮法を斎藤秀雄に師事。
チェリストとして東京弦楽団に参加した。
1936年に東京帝国大学理学部植物学科に進む。
1939年、東大植物学科卒業後、東京帝国大学大学院で植物学を研究したが、同年、学位を取らずに中退。1939年から東京科学博物館植物学部に嘱託として勤務。
1941年、東京帝国大学文学部美学美術史学科に学士入学。1943年卒業。
1948年、子供のための音楽教室(桐朋学園大学音楽科の前身)の設立に参加。フェリス女学院大学や桐朋女子高等学校の音楽科、1955年からお茶の水女子大学助教授、東京芸術大学にて1959年から助教授、1966年から1969年まで教授。1981年から1983年まで尚美音楽短期大学教授。放送大学にて1984年から1990年まで教授、1990年から1993年まで客員教授。これらの大学の他、フェリス女学院大学、東京工業大学、東京大学、日本女子大学、尚美音楽短期大学などで非常勤講師として作曲や音楽理論を教え、多くの音楽学者や作曲家を育成した。
1970年代以降は、いわゆる「第三世界」の民族音楽や日本の伝統音楽への傾斜を深める。
作曲家・音楽学者としてのその業績を称えられ、没後、音楽評論家のための顕彰柴田南雄音楽評論賞がアリオン音楽財団によって創設された。
戦中から戦後にかけて戸田邦雄や入野義朗らと交友、1946年新声会を組織し作品発表を重ねた。また二十世紀音楽研究所に参加し、日本の十二音音楽の普及に尽くした晩年は民族音楽的なシアターピース作品が注目を集めた。肝臓癌で死去。

《ディアフォニア》00’00”
《追分節考》15’30”
《交響曲“ゆく河の流れは絶えずして”》37’00”

https://youtu.be/2ReVix4M7_Q?si=nm3pPi__k1WJ5Kwi
出典@aircheck.second

Author: Sonare Piano Lessons

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