1-アルトゥール・レンバ
Artur Lemba
1885年9月24日-1963年11月21日
エストニアの作曲家
有名なエストニア人音楽家の家庭に生まれ、家族とともにサンクトペテルブルクに転居。1908年までペテルブルク音楽院でニコライ・リムスキー=コルサコフやアナトーリ・リャードフ、アレクサンドル・グラズノフらに師事。
1908年にサンクトペテルブルクで初演された《交響曲 第1番 嬰ハ短調》は、エストニア人作曲家による最初の交響曲である。またレムバ自身、兄のテオドルと並んで、エストニア人で最初のピアノ教授となり、1908年から1920年までロシア帝国においてピアノ教師として活動し、1915年からは教授に昇格した。
1920年にエストニアが独立すると、ペトログラードを去ってタリンに戻った。ヘルシンキで小休止をとった後、1923年から1962年までタリン音楽院(現・エストニア音楽アカデミー)の教授に就任。1923年から1939年まで新聞の批評欄で音楽評論家として健筆を振るう。
《交響曲第1番》
https://youtu.be/y9AinZb3trw?si=Wr1d2i9lLDVR9Vi1
出典@KuhlauDilfeng2
2-ヴァーツラフ・ネリベル
Václav Nelhýbel
1919年9月24日 – 1996年3月22日
チェコスロバキア出身のアメリカ合衆国の作曲家。
ポーランカ生まれ。
プラハ大学、プラハ音楽学校で音楽を学ぶ。
1942年、スイスに移住、フライブルク大学で学び、1947年には教鞭をとる。
1957年、アメリカ合衆国に移住し、マサチューセッツ大学ローウェル校、スクラントン大学など、いくつかの学校で教鞭をとった。
曲の多くは、管楽器あるいは吹奏楽向けで、学生演奏者のためにかかれている。非機能的なモードや、汎全音階、及び機械的リズムを多用した。
《交響的断章》
https://youtu.be/EWjnGz_ImBs?si=pZInHz0TjC7Nskq6
出典@AndewMole
《フェスティーヴォ》
https://youtu.be/nTjZhYgJ-Bc?si=Y_L8-aHRRgZAUyQh
出典@AlfredMusicConcertBand
3-ジョン・ミルフォード・ラター
John Milford Rutter
1945年9月24日 –
イギリスの作曲家・指揮者である。
ロンドン生まれ。ハイゲート校に入学し、聖歌隊員としてブリテン『戦争レクイエム』の最初の録音(1963年)などに参加した。
ケンブリッジ大学のクレア・カレッジで音楽を学ぶ。
卒業後、1975年から同カレッジの音楽科主任を務め、合唱団の指導にあたった。
1979年、作曲活動に専念するためカレッジを辞し、1981年には教え子を中心としたプロの合唱団ケンブリッジ・シンガーズを結成。
1984年には専用レーベルのコレギウム・レコードを設立、自作を含めた合唱曲を多数録音している。
1980年、プリンストンのウェストミンスター合唱大学の名誉フェローに就任。
1985年から1992年にかけて、慢性疲労症候群に罹患。この影響によって締切を守ることが保証できなくなったため、1985年から委嘱による作曲をストップした。
1988年、教会音楽家連盟のフェローに就任。1996年、教会音楽への貢献を認められ、カンタベリー大主教からランベス音楽博士号を授与された。
《弦楽のための組曲》
https://youtu.be/m9V0rG8jtPA?si=M5hZugv0MBELS7gu
出典@OrchestraMusicMakers
《グローリア》
https://youtu.be/6QebJ685vMk?si=UBFzOixaOD9dAQCN
出典@bartjebartmans