1-アレッサンドロ・イニャツィオ・マルチェッロ
Alessandro Ignazio Marcello
1669年8月24日 -1747年6月19日
数学者・哲学者・音楽家として、多分野にわたって活躍したイタリア人貴族。バロック・コンチェルトの作曲家として有名。
バッハがチェンバロ用に編曲した《オーボエ協奏曲ニ短調》
https://youtu.be/e7ZDGDhdYdA?si=iaNoDuqjVYLB_txV出典@takuyatakashimaでも知られる。
彼は「エテーリオ・スティンファーリコ」という偽名も使い、《ラ・チェトラ》などのコンチェルト集を出版しました。生前は作曲家や楽器蒐集家として有名でしたが、今日では作品が演奏される機会は少なくなっています。
特に有名な《オーボエ協奏曲ニ短調》の第2楽章は、1970年のイタリア映画「ベニスの愛」のラストシーンで使われたことで再び注目を集めました。
また、彼の弟ベネデット・マルチェッロも作曲家であり、ヴィヴァルディを風刺した著作で知られています。
2-フランソワ=クレマン・テオドール・デュボワ
François-Clément Théodore Dubois
1837年8月24日 – 1924年6月11日
フランスの作曲家、オルガニスト、教育者。
マルヌ県ロスネー出身。当初はランス大聖堂の教会楽長ルイ・ファナールに入門するが、後にパリ音楽院でアンブロワーズ・トマに師事する 1861年にローマ大賞を受賞。パリ音楽院で教授を務め、ポール・デュカスらを育てる。
1896年にパリ音楽院の院長に就任。1905年のローマ大賞を巡る騒動で、ラヴェルの失格問題が大きな議論を呼び、責任を取って辞任。
後任はガブリエル・フォーレ。
オペラなど多くの作品を作曲しましたが、現在最も知られているのは、オラトリオ《キリストの最後の7つの言葉》https://youtu.be/UhEhSiR6Chk?si=4tudyaXZK2WFQAVw
出典@SPscorevideos
やオルガン曲《トッカータ》など。
『対位法とフーガ』や『和声法、理論と実践』といった音楽理論書は現在も使われており、特に日本では和声法の規範として重宝されている。
彼は、普仏戦争に参戦したり、サン=サーンスと友人であったりといった一面も。
ピアノ四重奏曲
https://youtu.be/Yp8qIKTEGGo?si=-fCPKC0O_FbgHRe9
出典@julianfwong
感傷的な散歩道
Promenade sentimentale
出典@classicalgems
3-瀧 廉太郎
Rentaro Taki
1879年8月24日~1903年6月29日
《荒城の月》《 花》など、誰もが知る日本の作曲家。
https://enc.piano.or.jp/persons/167
4-アール・ハッチ
は
1906年8月24日-1996年11月5日
米国のマリンバ奏者、作曲家。
モーストリーマリンバより
https://www.mostlymarimba.com/composer/earl-hatch/
アール・ハッチ博士は、1906年8月24日にコロラド州グリーリーで生まれ、1996年11月5日にカリフォルニア州ノースハリウッドで亡くなりました。両親はともに音楽的で、彼は6歳でスネアドラムを始め、10歳のときには劇場オーケストラでトラップドラムを演奏していました。初めてマリンバ独奏を披露したのは地元劇場のオーケストラピットでのことです。演奏中、マレットのヘッドが誤って観客の額の間に当たってしまうという出来事があり、地元紙は冗談交じりに彼を「デッドアイ(必中の目)、マレット使い」と呼びました。
15歳でピアノを学び始め、その後はピアニストとして6人編成のジャズバンドと共に巡業しました。その後も音楽家としての長いキャリアを歩み続け、ウォルト・ディズニーの打楽器セクションおよびマネジメント職を含め、他の映画会社でも活動しました。彼自身が設計したバスマリンバは、『ドクトル・ジバゴ』『サウンド・オブ・ミュージック』『王様と私』といった映画の中で聴くことができます。
晩年まで長年にわたり日本シロフォン協会の名誉会員を務めました。1988年2月には名誉音楽博士号を授与されています。彼の私蔵楽譜ライブラリーには600曲を超える作品(作曲・編曲)が残されました。90歳で亡くなるまでに、彼は全米各地で多くの優れたプロ演奏家を育てました。彼の作品のほとんどは Earl Hatch Publications で入手可能です。
《Gymnopedia
ジムノペディア〜ある女の子の一日~》
https://youtu.be/xkR-zVO7gJs?si=lehPym8CAE_GBAXV
出典@Klavierspieler1770
5-佐藤 眞
Shin Sato
1938年8月24日 ~
日本の作曲家
合唱曲「大地讃頌」(「土の歌」より)は中学生の生徒さんがよく伴奏されています。私もしました。
ご本人のオフィシャルサイト
https://www.satoshinofficial.com/