本日3人
●ヨハン・ゲオルク・アルブレヒツベルガー
Johann Georg Albrechtsberger, 1736年2月3日 ウィーン近郊クロスターノイブルク – 1809年3月7日 ウィーン
ウィーンで活躍した古典派の作曲家、音楽理論家、オルガニスト、音楽教育者。ベートーヴェンの師の一人、またウィーンのシュテファン大聖堂の楽長(モーツァルトの要請による)。
ウィーン市街のやや南西部に、彼を記念してアルブレヒツベルガー通り(Albrechtsberger Gasse)が残されている。
240曲ほどのフーガを残した対位法の大家であり、彼が亡くなる頃には、彼はヨーロッパで最も求められる教育者となってハイドンは彼を『現代ウィーンの作曲教師の中で最も優れた人物』と評し、ためらうことなくベートーヴェンを彼のもとへ送って指導を受けさせた(1794–1795年)とのこと。
《6つのフーガとカデンツァ》Op.9, No.6 ハ短調(オルガンまたはフォルテピアノのための)
https://youtu.be/Lr8Y01lEN4g?si=tNVBA-nc54K3IFMM
Fugue for Piano or Organ in B-Flat, Op. 17, No. 2
12 Fugues, Op.1, No.11
Praeludium und Fuge in C dur
PRELUDE AND FUGUE IN B-FLAT
彼の影響によると言われているベートーヴェンの大フーガop113もここに残しておきます。
●メンデルスゾーン 1809年2月3日 ~ 1847年11月4日
結婚行進曲など、メンデルスゾーン は誰もが聞いたことのある作曲家ですね。お姉さん(ファニー)がいる事、旅をした事、短命でありながら多作な事などモーツァルトと類似点があると指摘される事もあります。
(35才で没したモーツァルトは約600曲、38才のメンデルスゾーン は約750曲、31才シューベルトは約1000曲、ショパン39才250曲前後)
バッハの再評価に貢献した事でも知られています。
ピアノ学習者は無言歌曲集を楽しむ人も多い事でしょう。
ピティナの素晴らしい作曲家辞典を添付したいと思います。
https://enc.piano.or.jp/persons/363
英語学習者にはこちらも楽しんでいただけると思います。
知らない人はいない
ヴァイオリン協奏曲ホ短調
序曲「フィンガルの洞窟(ヘブリデン)」
交響曲第3番「スコットランド」
(N響の主席指揮者も勤めたフィンランドのパーヴォ・ヤルヴィPaavo Järviの指揮)
交響曲第4番「イタリア」
劇付随音楽「夏の夜の夢」(シェイクスピア)37:15結婚行進曲
日本語ナレーション動画はこちら
52:30結婚行進曲
https://youtu.be/q4uqgEIuSpo?si=niO-ez2aqCdcvstR
無言歌曲集全集(バレンボイム)
●G.マネンテ
Giuseppe Manente
1867年2月3日 ~ 1941年5月17日
イタリアのサンニオ地方のモルコーネで吹奏楽団の指揮者だったリボリオを父として生まれる。ナポリ、マドリード、ローマの音楽学校に学び、1889年卒業と同時にコンクールに入賞し、歩兵第60連隊軍楽隊の指揮者となり、以降いくつかの軍楽隊長を務め、生涯100曲以上の吹奏楽曲を書いている。20世紀初頭はマンドリン音楽全盛の時代で、彼も多大の関心を寄せマンドリン合奏曲も35曲以上作曲している。
華燭の祭典Festa di Nozze,Fantasia in 3 Tempi
(中村二郎の編曲により日本のマンドリン界での重要なレパートリーにもなっている)
カイロの思い出Ricordo di Cairo
マネンテは軍楽隊長退官後、1921年エジプト国王ファド・パシャの宮廷付き楽団の指揮者としてケディヴェに赴任した。この時期にエジプトに取材した一連の作品がある。本曲は国王の侍従武官長シェハタ・カメル・パシャ将軍に捧げられたもので、1922年5月宮廷附吹奏楽団により初演され、同年9月作者自身によりマンドリン合奏用に編曲してミラノのイル・プレットロから出版された。いたる所に増二度の出るムーア風音階が用いてあり、妖気漂うリズムに乗った異国情緒たっぷりのアラブ風小品である。
ピアノの演奏を見つけました
「桂樹の下で」
https://youtu.be/-w1Wjp7hAPk?si=chal9JfV4jlG6Xpj