1-アレクサンドル・コンスタンティノヴィチ・グラズノフ
Aleksandr Konstantinovich Glazunov
1865年8月10日-1936年3月21日
ロシア帝国末期およびソビエト連邦建国期の作曲家・音楽教師・指揮者。ペテルブルク音楽院の院長を1906年から1917年にかけて務め、ペトログラード音楽院およびロシア革命後のレニングラード音楽院への改組を担った。グラズノフは、ロシア楽壇における民族主義(ペテルブルク楽派)と国際主義(モスクワ楽派)を巧みに融和。
-神童としての出発
サンクトペテルブルクの裕福な家庭に生まれ、9歳でピアノ、13歳で作曲を学ぶ。バラキレフに才能を認められ、リムスキー=コルサコフに師事。16歳で《交響曲第1番「スラブ風」》初演。
-ベリャーエフの支援
富豪ベリャーエフの後援を得てヨーロッパ旅行、リストと面会。ベリャーエフ・サークルの一員として活躍。
作曲家としての名声
1890年代に創作の成熟期を迎え、《ライモンダ》《四季》などを発表。1905年にペテルブルク音楽院院長就任。国際的にも高く評価され、英オックスフォード・ケンブリッジ両大学から名誉博士号を授与。
-指揮者として
1888年デビュー。翌年には、パリ万博で自作の《交響曲 第2番》を指揮。
-教育者として
音楽院で規律・カリキュラム改革を推進。貧しい学生を経済的・生活面で支援。ユダヤ人音楽家の学習や居住許可にも尽力。
-亡命と晩年
1928年に国外へ出てパリ定住。名目上は「体調不良」としソ連との関係を保った。1929年結婚、養女エレーナも音楽家。1936年パリで死去、のちレニングラードに改葬。
交響曲第5番
https://youtu.be/hqEie5WZhlc?si=I3GHHDl8dAfkFifn
出典https://youtube.com/channel/UCQgZzf3eBWNq9IBXpTpKYIg?si=98aQs-VUm2ZGCS1t
祝典序曲
https://youtu.be/pLzAO82rW1s?si=dNPSvYz_5DlBt_lE
出典@judahleonard1706
《バレエ音楽「四季」》
https://youtu.be/iwMXoCur1Pw?si=5oytOFUAjYm_Y2dk
出典@yun8250
《交響詩「ステンカ・ラージン」》
https://youtu.be/ubsKWJDokPQ?si=_5xhB0TQaE96ey_L
出典https://youtube.com/channel/UClSlxyRZxM97PHS4bUL4xBg?si=wS28eRA9w311wRyH
ヴァイオリン協奏曲イ短調
https://youtu.be/ZbQ1f4NNWkU?si=RGXp7IDzjTP-deWD
出典@ARDKlassik
2-ギヤ・カンチェリ
Giya Kancheli
1935年8月10日 – 2019年10月2日ジョージア(グルジア)出身の作曲家
1991年のソビエト連邦崩壊後、まずベルリンに移り、1995年からはアントワープに居住し、フランダース王立フィルハーモニー管弦楽団のコンポーザー・イン・レジデンスを務めた。晩年は故郷トビリシに戻り、84歳で亡くなった。
カンチェリは主に交響曲や管弦楽作品で知られている。7つの交響曲と、その他いくつかのオーケストラ作品を作曲した。彼の交響曲における音楽語法は、長く抑えられた痛切な弦の不協和音に対し、短くゆっくりとした短調旋律の断片を重ねるのが典型的である。ロディオン・シチェドリンは、カンチェリを「禁欲的でありながらマキシマリストの気質を持つ者、抑制されたヴェスヴィオ火山」と評している。
小品からなる素晴らしいピアノ曲集も作曲。国際的な支持を受けており、ギドン・クレーメル、ユーリ・バシュメット、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチは好んでその作品を取り上げている。
33のピアノ小品
https://youtu.be/IGeTJDllV0I?si=b-I0QZkvRta7reeG
出典https://youtube.com/channel/UCXz95xg5zAlRNpKFTiylEYw?si=_-8AqC4g0U2Av-Bq
《ヴァイオリンとピアノのための「時…そして再び」》
https://youtu.be/k8BFFRXqLUI?si=sRzJXb237agKHmgX
出典https://youtube.com/channel/UCMDhBCQu65F0nPSFB_QYUvw?si=js0SzSm4fUBCJNV5