1-イグナツ・プライエル
Ignaz Josef Pleyel
1757年6月18日~1831年11月14日
ルッパースタールで、教師の息子として生れる。
1772年からアイゼンシュタットのヨーゼフ・ハイドンの生徒になった。
彼はハイドンのオペラ『火事に遭った家』(Das abgebrannte Haus)の序曲の少なくとも一部を書いている。
1783年にフランスのストラスブールに移り、それ以後フランス風の名「イニャス・プレイエル(プレイェル)(Ignace)」を名乗った。ストラスブール大聖堂の副楽長(assistant Kapellmeister)に就き、その後楽長となる。
1791年に、フランス革命によって教会での公演が公の演奏会と同様に廃止された。代わりの職を探すためにプレイエルはロンドンに渡り、そこでヴィルヘルム・クラマーが組織する「プロフェッショナル・コンサート」を率いた。
1807年には、ピアノ製作会社プレイエルを設立。
1831年に他界し、ペール・ラシェーズ墓地に葬られた。墓碑はショパンの墓の右脇にある階段を数ブロック上がったところにある。
弦楽5重奏曲ト短調
https://youtu.be/h3DFIS9-Dqs?si=HPhSoqlU7gd3xQ1r
出典@julianfwong
交響曲ハ長調
https://youtu.be/EWKUgWO-3-8?si=MeS75Q_836DwJ1uK
出典@HarpsichordA6
2-ユリウス・アルノシュト・ヴィレーム・フチーク
Julius Ernst Wilhelm Fučík
1872年6月18日 ~ 1916年9月15日
オーストリア=ハンガリー二重帝国治下のボヘミアに生まれる。学生時代はファゴットやヴァイオリンなど、様々な楽器を弾きこなし、後にドヴォルザークに作曲を師事した。
1891年にオーストリア=ハンガリー第49歩兵連隊に軍楽隊員として入団。
軍隊、オーケストラで演奏を続ける。
作品のほとんどが軍楽隊のために作曲されていることから、時に「ボヘミアのスーザ」とも呼ばれる。
《剣闘士の入場》これは皆様どこかで聞いていらっしゃると思います。
https://youtu.be/8oow3hNcQJQ?si=JSYJOpwhso57-DzR
出典@thierryburton5988
《フローレンス行進曲》
https://youtu.be/sXbja3X9Yw8?si=iacGUyLp09_pYDfJ
出典@tutu4nctu
《Die Regimentskinder「連隊の子どもたち」 》
ピアノ版
https://youtu.be/ZnS_SzM5MoI?si=iedy6_gItI0_DqRT
出典@AdamRamet
オーケストラ版
出典@ronaldedwardwilliams3039
《小言親父》本当に文句を言っているみたいです。
https://youtu.be/eguHIPYVUUQ?si=_r23O871BlTl6zGV
出典@CzechPhilharmonicOfficial
3-エドゥアルド・トゥビン
Eduard Tubin
1905年6月18日~1982年11月17日
カラステ出身。1944年にエストニアがソ連に占領されるとスウェーデンに亡命し、亡くなるまでストックホルムで活動を続けた。
指揮者としてはフィラデルフィア管弦楽団やイギリス室内管弦楽団とも共演している。同僚だった指揮者には同郷のネーメ・ヤルヴィのほか、エドゥアルド・マータ、エンリケ・バティス、アンタル・ドラティらがいる。
交響曲第4番「抒情的」
https://youtu.be/RkogBO1XZ-k?si=SPT0nN-zgEJz6Wb9
出典@towardthesea_