1-スタニスワフ・モニューシュコ
Stanisław Moniuszko
1819年5月5日 – 1872年6月4日はポーランド人指揮者・作曲家。
略歴YouTube内添付のものを参考にしました。
ポーランド語の歌劇や声楽曲により知られる。ポーランド・オペラの父と称される。ワルシャワのポヴォンスキ墓地に埋葬。
ロシア音楽の「源流」がグリンカであったように、モニューシュコはポーランド音楽の「源流」と言える存在です。ロマン派時代において、ショパンを除けば、モニューシュコほどポーランド音楽に影響を与えた作曲家。
彼は多くの偉大な作曲家と同じように、幼い頃から音楽教育を受けた。現在のベラルーシにある小村ウビエルに住んでいたころ、母親から音楽の手ほどきを受け、その後ミンスクではドミニク・ジェヴァノフスキ、ワルシャワではアウグスト・フライヤーのもとで学びました。1831年の十一月蜂起直前、家族と共にウビエルに戻ります。
1836年、モニューシュコはベルリンに移り、カール・ルーゲンハーゲンに師事。対位法、和声、管弦楽法、指揮法を学びました。ルーゲンハーゲンの指導のもと、合唱団の指導や伴奏を務めるなど、実践的な経験も積み、この頃にはかなりのレパートリーを持つに至りました。
ベルリンを離れた後はヴィリニュス(現在のリトアニア)に移り、聖ヨハネ教会のオルガニストとして働きながら、地域の音楽活動を活性化させようと尽力しました。私的なサロンでオペラの上演を企画したり、聖ヨハネ教会にアマチュア合唱団を結成したり、モーツァルト、ハイドン、メンデルスゾーンなどの作品を上演したりしました。この間、サンクトペテルブルクを訪れ、グリンカやチェーザレ・キュイらとも交流を持ちました。
1848年、モニューシュコにとって重要な転機が訪れます。詩人・小説家ヴウォジミエシュ・ヴォルスキとの友情に触発されて、オペラ『ハルカ』を作曲。ヨーロッパ各地で高い評価を得る大成功を収めました。当初は2幕版でしたが、1858年に4幕版が初演されると、モニューシュコはワルシャワのポーランド・オペラの音楽監督に任命されました。
オペラ活動に加え、ワルシャワ音楽院では対位法と和声学を教え、ポーランド国民オペラ、ポーランド歌曲(アート・ソング)の父と称されるようになります。彼はアダム・ミツキェヴィチ、アントニ・オディニェツ、ユゼフ・クラシェフスキらの詩に曲をつけた歌曲集を12巻も出版しました。
《Bajka》(冬物語)よりお伽話
https://youtu.be/QGkUgp53Z2o?si=9b4PYqfIynYnOFzc
出典@polishscores
歌劇「ハルカ」英語字幕つき
https://youtu.be/AdjpIqRftq0?si=yd2ZvUnufTkGLeR-
出典@polishscores
6つのポロネーズ
https://youtu.be/raI4clgyRMA?si=qFXAzzLlMabBu3LG
出典@polishscores
2-和田 薫 Kaoru Wada
1962年5月5日 ~
1985年 東京音楽大学音楽学部作曲科を首席で卒業。伊福部昭と池野成に師事。
1995年 映画『忠臣蔵外伝 四谷怪談』で第18回日本アカデミー賞優秀音楽賞を受賞。
他にもアニメ、映画音楽で聴いた事のあるもの沢山あると思います。
ご本人のホームページ
http://www.kaoru-wada.com/