ジェルメーヌ・タイユフェール
(Germaine Tailleferre)
1892年4月19日 ~ 1983年11月7日
ベルリンフィル、デジタルコンサートのサイトより
https://www.digitalconcerthall.com/ja/artist/2376
ジェルメーヌ・タイユフェールは、懐疑的な男性社会の中で自身の才能を証明しなければならなかっただけでなく、父親と2人の夫に対してもそうでした。彼らは一貫して彼女の芸術的な志を支援してくれませんでした。タイユフェールは音楽の勉強を支援することを拒んだ父親との距離を置くために、姓をタイユフェス(Taillefesse)からタイユフェール(Tailleferre)へと改名しました。
彼女の才能のおかげで若くしてパリ音楽院に入学し、モーリス・ラヴェルやエリック・サティの賞賛を受けました。1920年代の活気あるパリの芸術界で、タイユフェールは唯一の女性メンバーとして「6人組(グループ・デ・シス)」の一員として名を知られるようになりました。この名称は、ムソルグスキーやリムスキー=コルサコフらによるロシアの「5人組(グループ・デ・サンク)」にちなんだものです。
しかし、タイユフェールやオーリック、デュレイ、オネゲル、ミヨー、プーランクといった同僚たちは、自ら進んでグループを結成したのではなく、ジャーナリストの記事によってグループとして認識されるようになったのです。ミヨーは、各メンバーの音楽的嗜好や性格の違いを強調していましたが、ワーグナーの影響やドビュッシーのエリート主義的な芸術観を否定するという点では、共通の立場がありました。タイユフェール自身も、彼女の言葉によれば「楽しませる」ことを目的とした音楽を主に追求していました。
91歳で亡くなる直前まで、タイユフェールは作曲を続けました。2度の離婚後は経済的に困窮しながらも創作活動を続け、その作品はほぼすべてのジャンルに及びます。イヨネスコ、ヴァレリー、アポリネールといった詩人の作品に曲をつけたほか、室内楽の作曲にも熱心でした。特に注目すべきは、彼女がパリ音楽院時代から親しんだ楽器であり、ハープ奏者カロリーヌ・ルイジニ=タルデューと友情を育んだことでも知られるハープのためのいくつかの作品です。
《ピアノ三重奏曲》
出典@blueridgechambermusic2740
《田園風ソナタ》
出典@fiftyclassics
《フランスの花々》
出典@TheWelleszCompany
福田洋介
Yosuke Fukuda
1975年4月19日 ~
日本の作曲家・編曲家・指揮者。東京都杉並区出身
上野学園短期大学の音楽科の特任教授をしていらっしゃるので、学園のリンクを貼ります。
https://www.uenogakuen.ac.jp/junior_college/teacher/fukuda_yosuke.html
《さくらのうた》
出典@BOMTEM6
《風之舞》
出典@brainmusicmovie
《シンフォニック・ダンス》
出典@TierolffPublishing
5曲の組曲
1ルネサンス・ダンス
2タンゴ
3ホウダウン
4盆をどり唄
5ベリーダンス