1-ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
Wolfgang Amadeus Mozart
1756年1月27日 – 1791年12月5日
彼の事を知らない人はいないのではないでしょうか。
伝記も沢山出ていますし、映画「アマデウス」で、ウルフィと呼ばれる彼の様子を思い出す方もいる事でしょう。
この教室の生徒さん様には、こちらのYouTube伝記動画を共有したいと思います。まだ、彼の幼少期しか作成されていませんが、続きも出ましたらこちらに貼りたいと思います。
代表曲はとても数曲に留めるのは無理なので、ショパンも自身の葬儀に選んだレクイエムを。
学生時代、合唱を歌った時の貴重な時間を今もかけがえのない時間と思っています。
出典@Opera89
伝記
出典@クラシック音楽奇譚
2-ヴィクトール・アントワーヌ・エドゥアール・ラロ
Victor Antoine Édouard Lalo
1823年1月27日 – 1892年4月22日
フランス、リールに生まれる。
スペイン系の軍人一家に生まれたラロは、父の意に反して音楽の勉強をし、 1839年に無一文でパリに渡った。パリでヴァイオリンを学び、個人的に作曲を学んだ。彼はヴァイオリニストや教師として働いて生計を立てた。1848年に最初の歌曲を出版し、1875年にパブロ・サラサーテによって初演されたヴァイオリンと管弦楽のためのスペイン交響曲、チェロ協奏曲(1876年)、バレエ音楽で成功を収めた。 ナムーナ(1882年)後、交響曲ト短調(1887年)、オペラ「イスの王」(1888年、台本はエドゥアール・ブロー)を作曲。管弦楽曲でよく知られているかもしれないが、ラロは室内楽曲の名手でもあった。影響力のあった室内楽曲には、弦楽四重奏曲、3つのピアノ三重奏曲、チェロとヴァイオリンのためのソナタなどがある。また、ヴァイオリンとピアノのための協奏曲や、多くの抒情歌や歌曲集(コントラルトである妻の演奏用に書かれた)も書いている。彼の音楽は、ロベルト・シューマンやカール・ウェーバーとの類似点が見られるものの、非常に独創的な才能の産物である。
艶やかなメロディに豊かに包まれる
スペイン交響曲を巨匠ハイフェッツの演奏で。
出典@Jimbouru
3-ウスコ・アトス・メリライネン
Usko Aatos Meriläinen
1930年1月27日 – 2004年11月12日
フィンランドの 作曲家
戦後フィンランドを代表する現代音楽作曲家の一人であり、指揮者や音楽界の組織者としても多大な足跡を残した。
1930年にタンペレで生まれ、シベリウス・アカデミーでレオ・フンテクに指揮を、アーッレ・メリカントに作曲を師事。キャリアは新古典主義的なスタイルから始まり、1950年代後半からは十二音技法へと傾倒し、さらにその後、独自の「キャラクター・テクニック(Character technique)」を確立。この手法は、特定の音楽的性格を持つ短いモチーフが、作品全体を通じて有機的に変化し、成長していくというもの。
メリライネンの作品群は多岐にわたり、6つの交響曲、5つのピアノ・ソナタ、そして数多くの協奏曲や室内楽曲、バレエ音楽を手掛けた。特にリズムの力強さと、楽器特有の響きを追求した色彩豊かなオーケストレーションが特徴。代表作には、電子音響を取り入れた交響曲第4番『金敷』や、バレエ『プシュケ』などがある。
また、彼は作曲活動のみならず、フィンランド音楽界の発展にも大きく寄与した。1981年から1992年までフィンランド作曲家協会の会長を務め、1986年には現代音楽祭「タンペレ・ビエンナーレ」を創設し、長年にわたり芸術監督として尽力した。これらの功績により、1965年にウィフリ・シベリウス賞、1987年にはプロ・フィンランディア・メダルを受章。
私生活では、振付師のルート・マトソンを妻に持ち、その影響もあってバレエ音楽の制作に深い関心を示した。娘のレナ・メリライネンは女優として知られ、孫には政治家・作家のロサ・メリライネンがいるなど、芸術や文化に深く根ざした家系を築いた。2004年に故郷タンペレでその生涯を閉じ、彼の革新的かつ直感的な音楽性は、今なおフィンランド現代音楽の重要な遺産として評価されている。
《交響曲第4番『金敷』》
抜粋
出典@NameLessLies