ゴットフリート・フォン・アイネム
Gottfried von Einem
1918年1月24日 ~ 1996年7月12日
スイス・ベルンでオーストリア軍の駐在武官(実父はハンガリーの貴族; ラースロー・マリア・ボナヴェンチュール・ペテル・フニャディ・フォン・ケテリー伯爵Grafen László Mária Bonaventúra Péter Hunyady von Kéthely)の息子として生まれた作曲家で、20世紀のオーストリア音楽界を代表する人物の一人。幼少期に一家はドイツのシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州に移住、ベルリンではボリス・ブラッハーに師事。1938年からベルリン国立歌劇場で指揮助手として研鑽を積み、1943年にはバレエ音楽《トゥーランドット姫》を発表して好評を得る。その後、ドレスデン歌劇場の音楽アドバイザーに就任し、オペラや劇場作品を中心に創作。
1947年、ザルツブルク音楽祭でオペラ《ダントンの死》を発表、一躍名声を得る。1953年にはウィーンに拠点を移し、ウィーン国立歌劇場の芸術顧問やウィーン音楽大学の教授として後進の指導にあたる一方、オーストリア音楽アカデミーの会長。また、ナチス時代には音楽家コンラート・ラーテを救った功績により、イスラエル政府から「諸国民の中の正義の人」の称号を授与。
アイネムの作風は、新ウィーン楽派の無調音楽から始まったが、後に調性を取り入れた新古典主義的なスタイルに移行。代表作は、カフカの小説を基にしたオペラ《審判》や、バレエ、管弦楽作品など。晩年には「保守的な作曲家」(確かにストラビンスキー1882-1971より新しいと言えるのか迷います)とも評されたが、その独創的なメロディや劇的表現は現在も評価される。
1996年に没後、一時期は忘れられたが、生誕100周年を迎えた2018年にヨーロッパ各地で演奏会が行われ、再評価される。彼の作品は現在でも幅広く演奏され、オーストリア音楽史における重要な位置を占める。
—本当は実父の名前をつけた交響曲をご紹介したいのですが、残念ながらYouTubeが見つかりませんでした。今後見つける事ができましたら、ここに貼りたいと思います—
有名な
フィラデルフィア交響曲
出典@JoséIgnacioH-z2i
カプリッチョというよりもエンディングがスターウォーズ風な
管弦楽のためのカプリッチョ
出典@JoséIgnacioH-z2i
そして、
交響曲的シーン
出典@welleszmodern4849
Symphonische Szenen, op.22 (1956).