ムツィオ・クレメンティ
Muzio Filippo Vincenzo Francesco Saverio Clementi
1752年1月23日 – 1832年3月10日
イタリアのローマに生まれ、イギリス(ウェストミンスター寺院に埋葬:フォルテピアノの父と墓石に刻まれている)で没した作曲家・ピアニスト・教師・編集者・出版業者・楽器製造業者
6歳の時 ソルフェージュを始め、7歳の時 オルガニストの下で通奏低音を学び、わずか13歳でサン・ロレンツォ聖堂のオルガニストとなった。その後、イギリスに移り、ロンドンで名声を築く。1779年の《クラヴィーア・ソナタ》Op. 2の成功を皮切りに活躍し、1781年にはモーツァルト(1756-1791)と共に皇帝ヨーゼフ二世の御前で演奏。この競演を機に両者の競争関係が生まれる。
1790年にソリストを引退。指揮者、音楽出版、楽器製造、教育など幅広い活動を展開。特に音楽出版事業では、ベートーヴェン作品のイギリス版権を獲得するために自らベートーヴェンを訪問し、ピアノ協奏曲第5番やピアノ・ソナタOp. 78、Op. 79などを出版。
教育者としても卓越し、《グラドゥス・アド・パルナッスム》Op. 44などの教育作品がある。チェルニーやショパン、リストもレッスンで彼の教本を使用。彼の100曲からなる練習曲集の題名はドビュッシーの作品でも有名。
個人的には、全音ソナチネ曲集で最も好きな作曲家。この教室では、初めてのソナチネは彼の作品(Op.36-1)を全楽章演奏。ソナタ形式、3楽章の組み合わせの味わい方などとてもわかりやすく、そして、高揚感もある。
本日は
練習曲集(全100曲)
グラドゥス・アド・パルナッスム
Gradus ad Parnassumを。
長寿な彼の生涯はバッハ没後ほぼ直後からベートーベンの生涯を超える。この練習曲集も1817年から1826年に作られ、1752年生まれの作曲家とは思えない、ベートーベンの後期のソナタのような響きも。
クレメンティ以外にも
葉加瀬太郎
Taro Hakase
1968年1月23日 ~東京芸術大学卒ヴァイオリニスト、作曲家)さんのお誕生日でもあります。「情熱大陸」、「エトピリカ」などで皆さんよくご存知事と思います。
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